プロローグ

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「大丈夫。ネリアも気を失っているだけの筈よ」  いつも通りの愛称で呼んでくれた母に、若干落ち着きを取り戻したエルセフィーナだったが、閉められたドアの外から、嘲笑する様な声がかけられた。 「一応言っておくが、逃げようなどと思うなよ? 馬車が走っている最中に飛び降りたりしたら怪我するし、周りに俺達の馬が並走してるから、踏まれたらその場であの世行きだからな」  そこまで言われて抵抗などする気も無く、母娘は顔色を無くしたまま、身を寄せ合って馬車の床に座り込んだ。そして緩やかに動き出した所で、「待て!」と言う叫び声と共に、騒動が沸き起こる。 「このガキ! さっさと降りろ!」 「誰が降りるか! 母様達をここから出せ!」 「もういい、時間が押してる。このまま行くぞ。そのうち勝手に落ちる。ほっとけ」  馬車の後方でのそんなやり取りの後、勢い良く速度を増して走り出した馬車の中で、この馬車の後方にイーダリスが取り付いているのだと悟ったアリーシャとエルセフィーナは、慌てて両側の窓に取り付いて声を限りに叫んだ。 「お願いです、馬車を止めて下さい! 息子が落ちてしまいます!!」 「イーダ! これ以上速くなる前に、降りなさい!!」 「嫌だ!! 誰が降りるか!!」 「イーダ!!」  母娘が揃って本気で叱り付けたところで、リーダー格の男が馬で並走しながら、御者に向かって叫んだ。 「へえ? 貴族のお坊ちゃんにしては、なかなか良い根性してるじゃないか。褒めてやるぜ。おい、振り落としちまえ!!」 「そんな!」 「ちょっと、止めて!!」  馬車の中から悲鳴が上がったが、御者はそんな事にはお構いなしにスピードを上げ、石畳の道を左右に馬を操りながら駆け抜ける。するとそれ程時間がかからずに、馬車の外から男達の歓声が伝わった。 「やっと落ちたか」 「まあ、ガキにしちゃあ、頑張ったか?」 「誰か踏んだか? 動かねえが」 「さあ、頭でも打ったか? でも俺達の責任じゃねえよなぁ?」  そう言ってゲラゲラ笑う声にアリーシャはとうとう意識を手放し、エルセフィーナは慌てて再び窓枠に飛び付いた。そして険しい顔を窓から出して道の後方を眺めると、確かに弟らしき人影が石畳に倒れ伏していたが、丁度その時通りかかったらしい者が、馬から下りて様子を窺う為に屈んだのが目に入った為、幾らかは安心した。
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