第1章 邂逅編

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彼女はうつむきながら、聞き取りにくい声で(と云うよりも音声で)答えた。なるほど、典型的なうつ状態というやつらしい。一言ゝを語るのが酷く億劫そうだ。彼女の生気のなさや独特なロボット的口調はそのせいだ。私もうつ状態の辛さはよくわかっていたので(後日、私の病気は双極性感情障害である事が判明するのだが)、 「大変ですね。お気持ちはよくわかります。」 と同情する様に応えた。 彼女が診察室に呼ばれ、その何人か後に私が呼ばれた。私が待合室に戻ると、彼女が先ほどと同じ場所に座っていた。私が微笑んで軽く会釈をすると、彼女は立ち上がり、おもむろに私の正面に立った。そして、生気のない顔で唐突に言った。 「コノ間ノ オ礼ヲサセ テ クダサ イ」 彼女はそう言うと、私の顔を覗き込むような上目遣いになった。寒々しい目。暗闇のみを映した瞳。まるで、冬の新月の夜が凝縮したような目だった。 「ああいえ、お礼なんてそんな。気にしないでください。」 私は、若干避けるようにしてそう言った。しかし、彼女は引き下がるどころか、逆に私の顔にますますその暗い目を近づけるようにして、 「オ礼 サセテ クダ サイ 大変助カリマシタ ノデ 珈琲ハ オ好キデ スカ」 新宿のチンピラが素人にガンをつけるのとは全く違った妙な迫力に、私は気圧されてしまった。 「はあ、まあ。コーヒー好きです。」 受付で診療代を払って、薬局で処方薬を受け取った後に、私と彼女は真昼の原宿へ向かった。彼女は原宿が大好きで、二日に一回は原宿を散歩するのだと言う(病人なのに大丈夫なのだろうか?)。一方の私は、当時は(今でも似たようなものだが)まったくの本の虫で、原宿など数えるくらいにしか行った事がなかった。途中、山手線の中で、我々はほとんど無言であった。私としてはその無言状態が堪えがたかったが、愚にも付かない話をクドクドとするわけにもいかなかった。そもそも世慣れていなかった私にとって、よく知りもしない相手と一緒にコーヒーを飲むということは、それなりの重荷であった。
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