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二人とも無言で原宿駅を降りて、竹下通りを歩いた。少し行ったところに、お目当てのコーヒーショップはあった(店の名前は忘れてしまった)。パステルカラーで統一された店内、店の窓から見える二月の枯れた青空、街を行く若者や観光客たちの雑然とした生気(当時は私とて若者だったのだが、文系の院生など、大概はしみったれた年寄りのような生き物だ)。そんな明るい景色の中で、ただ独り彼女だけが漆黒の闇を纏っていた。まるで、RPGに登場するダークなキャラクターの様だ。あるいは吸血鬼? 彼女は、ホットのカプチーノを頼んだ。私はローストのブラック。ふと、彼女は口を開いた。
「長谷川サン ハ、病気ヲ患ッテ 長イノデ スカ」
私は何か話さねばとずっと思っていたので、こんなロボットのような一言でも、救われた気持ちになった。
「大体一年くらいです。うつは辛いですね。」
「ワタシモ 同ジ クライ デ ス」
そう言うと、彼女は少しだけ微笑んだ。暗黒少女でありながら、微笑んだ表情がとてもふわふわとして可愛い。私は少しドギマギして、
「あー、えーと、あの心療内科は、夜もやっていて助かりますよね。貴方は学生? あー、ファッションの専門学校とか?」
と、当たり障りのない事を聞いた。彼女はまったく抑揚なく、聞き返してきた。
「ソンナカン ジデス 長谷川サン ハ、何ヲシテイル ノ デス カ」
私は、自分のことを話した。理論社会学を専攻している院生であること、社会学者を志していること。中学生の頃から、祖父に英信流という古流の居合を仕込まれたことも話した。彼女は私の話を、無表情に聞いていた。まるで、録音機にせりふを吹き込んでいるような、妙な気分になった。
一通り自分のことを語り終えた後、彼女の事を聞いてみた。やはり彼女は、新宿にある有名なファッションの専門学校に通う学生であった。今はうつの症状が酷く、休学しているのだと言う。元々は、神奈川の厚木の育ちらしい。
「それは偶然ですね。私も、小学校から高校までは厚木なんですよ。」
「厚高 デ スカ」
「ええ、厚木高校出身です。」
「アタマ ガ イインデ スネ」
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