第1章 邂逅編

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彼女は、無表情にそう言った。厚木高校というのは、神奈川の県央地区ではトップの公立校で、それなりに頭の良い生徒があつまる学校だった(当時の私にとって、それはちょっとした自慢だった)。彼女は、厚木東高校の出身だった。東高は元々女子高で、女子の割合が多く、落ち着いた雰囲気の学校である。突然(本当に、この娘のリズムはまったく掴めない)、彼女は居合について尋ねてきた。瞳の暗闇の度合いが、ほんの少し和らいだような、逆に深くなったような・・・興味を持ったのだろうか? 「居合ッテ ナン デスカ 藁ヲ切ッタリ スル ノデスカ」 多くの人が、居合に対してはそのようなイメージを持っている。しかし、何かを切ることが居合なのではない。テレビに出てくる藁やら畳やらをすぱすぱ切っているものは据物切り(すえものぎり)と云って、刀の切れ味を試す為のものであり、それ自体は居合ではない。居合は、(流派にもよるが)型の稽古が殆どである。そういった事情を、この病人暗黒娘に説明するのはとてもやっかいなことに思えた。私は、この話題は軽く流すことにした。 「まあ、そんなようなものです。」 「刀ヲ、モッテ イルン デ スカ」 そして多くの場合、こう云う話の展開になる。 「ええ、持っていますよ。」 「ミタイ デ ス」 そして、こういう話になる。居合の話になると、これがお決まりのパターンである。刀というものはただの道具であって、刀剣趣味のある人以外が見ても、大しておもしろいものではない。話の展開にうんざりして、私は話を逸らす為に、彼女のことをもう少し聞いてみることにした。 「ファッションは、どういったものを目指しているんですか?」 「カワイイ ヤツ デ ス」 そりゃそうだろう。もう少し具体的に・・・と言おうとしたが、やめた。彼女のような人は、ありのままにそっとしておくのが一番である。むやみにほじくって楽しいような人ではないだろう。私たちは他愛も無い会話を(要領を得ずに)だらだらと続けた後に、喫茶店の席をあとにした。外は、日が蔭りはじめていた。時計を見ると、それなりに長い時間話していたらしい。夕日の刺す原宿駅で、我々は別れた。別れ際に、彼女は変わらず機械のような口調でこう尋ねてきた。 「ツギハ イツ アエ マス カ」
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