第1章 邂逅編

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その後、私たちは週一くらいのペースで、この店でいっしょにコーヒーを飲むようになった。私の大学院は文京区の白山にあり、原宿に出るのは、さほど苦ではなかった。彼女は本物のうつ病ゴスロリ娘であって、はじめは面倒くさい付き合いだと思った。私自身も病身であって、大層しんどいかもしれなかった。ロボット口調がぷつぷつと話の流れを切断し、一緒に居て心地よいわけでもない。しかし、彼女はそんな調子でありながらも、奇妙な魅力にあふれていた(その魅力は、ひょっとして kawaii というやつだったのかもしれない)。次第に、私は彼女との会合を楽しむようになった。ツンドラの夜を思わせる寒々しい目、レースに包まれた雪のように白い肌の、原宿の景色との奇妙な融合感。無益なデータの羅列のような会話はさておき、そんな彼女を眺めているのが楽しいと思うようになったのである。 Ⅱ.闇の跳躍 ある冬の日の夜、彼女は全身血まみれで私の部屋に現れた。私はぎょっとするというより、まずその鉄分の臭いに顔をしかめた。私たちは、春になるころにはお互いの部屋を行き来するようになっていた。しかし、恋人関係にはならなかった(理由・詳細は後述する)。 「どうしたの? それ?」 私は思わず、シンプルに問いかけてしまった。彼女は、 「シゴト」 とだけ答えた。この異常事態においてでさえ、抑揚というものが無い。 「シゴトって・・・怪我でもしたの? とりあえず入りなよ!」 私は彼女を部屋に入るように促して、ドアを閉じて鍵をかけた。 「ほんと、どうしたのこれ? 髪まで血まみれじゃん!」 実際のところ、彼女が怪我をしたわけではないようだった(そもそも大量の出血を伴う怪我であれば、こんなにロボットのようにまっすぐ立って居られる筈がない)。とにかく、こんな姿で無表情に突っ立っていられても困る。私は急いで自分のシャツとズボンと男物の下着を箪笥から出して、彼女に渡した。 「ほんと、どうしたの? とりあえずシャワーを浴びて、これに着替えなよ。話はそれから聞かせて。」
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