第1章

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「また、同じ曲を聴いているのね」  近づいてきた同僚に気づいてイヤフォンを外すと、聞こえてきたのはそんな声。  同僚の言葉は、親しみのもてる笑顔ながらも、少し呆れたような響きもあった。  その理由がわかるから、わたしは苦笑しながら頷く。  文字とジャケットの絵が並ぶ、スマートフォンの画面。  それを見つめるわたしへ、同僚は記憶を想いかえすように言う。 「――か。昔は、よく聴いてたけど」  そう呟いてから、あぁ、と同僚は申し訳なさそうな顔で片手を立てる。 「好きなのを否定する訳じゃないよ? わたしも、一時期はよく聴いていたしね」 「大丈夫、気にしてないよ」  同僚の言葉は嘘じゃない。  このプレイリストの曲を一通り聴くくらいに知識がある同僚は、とても熱心に彼の曲を聴いていたのだとわたしは知っている。  ただ、その熱心さが何年も続くほど、人間は変わらないことはないというだけのことだ。  わたしの頷きに、よけいなお節介だけど、と彼女は付け加えて言葉を続ける。 「ただ、良いんだけど……新しいアーティストも聴かないのかなって、想ってさ」  謝る必要もないのだけれど、気にかけてくれてくれるのはありがたい。  ただ、同僚の彼女の言うことも最もだ。  今さっきまで聴いていたアーティストは、もうしばらく新曲を発表していない。 「今度、いいライブするバンド見つけたのよ。息抜きがてら、一緒に行きましょう?」  こう言われるのも理由があって、わたしが、いろいろな音楽に関する話題の受け答えができてしまうからだ。  彼女は逆に、いろいろな音楽を聴くのが好きで、スマホやパソコンのなかには見知らぬアーティストの曲がいっぱいだ。  それがきっかけで話が合い、仕事もうまく行くようになった。  彼女とは色々なところによく出かけていて、音楽関係のイベントも一緒に行ったこともある。  バーと併設するような小さなライブハウスから、舞台に様々な演出を施せる大型ライブステージ、様々なバンドが息継ぎなしに演奏を行うライブフェスティバルなど、様々だ。  だから、彼女にしてみれば不思議なのだろう。  わたしがよく聴いている曲、それが同じアーティストだと言うことに。  そう考えれば、わたしも気づいたことがあった。  彼女はわたしとかなり長い時間を過ごしてくれているのに、なぜこのアーティストが好きなのか、言ったことはなかった。
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