第1章

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 でも……聴かないでいられないのも、嘘になる。 「ねえ、大丈夫?」  無言になっていたからか、心配そうな彼女の声。  口元を動かして、微笑みを作る。 「うん。また、遊びに行こう」  できるだけ自然な声音で、わたしは受け答える。  同時に、休憩終了を告げるベルが鳴った。  仕事に戻り、指先を動かしながら……心のなかには、彼女の言葉がずっと残っていた。  ――恋人の言葉を、待っている。  彼女の言葉に、悪気がなかったのは知っている。  だけれど、奇妙な引っかかりが、胸に生まれたのは確かだった。  そのまま午後はそつなく仕事をこなし、残業をせずに退社。  仕事は残っていたけれど、なんとなく、帰りたい気分になっていた。  彼女には申し訳ないと想いつつ、今日は帰宅することを告げる。  お大事にね、と謝るような彼女の声に、申し訳ない気持ちもある。  でも、曲を聴き続ける理由を伝えるのは、この気持ちが整理できてからにしようと想えた。  タイムカードを押して、会社のビルを出る。  玄関から見た街を行く人々は、まだまだ活気に満ちあふれている。  かつてのわたしも、そうだった。  夜だけの時間、そこには違う刺激と喜びが胸を躍らせてくれたものなのに。  ――彼のライブがあった日は、こうしてよく、急いで帰ったものだけれど。  その時は、まだ、彼の活動していたハコ(ライブハウス)の近くの会社だった。  時間もある程度自由になるよう、正社員でなく、派遣社員として働いていた。  最低限の生活費さえあれば、仕事より、彼の音楽の方が大切だったからだ。  懐かしい。もう、四~五年経つという事実に、今更ながら想いをはせる。 「……なに、しようかな」  アフターファイブ。予定のない日にとって、残った時間はちょっと長い。  歩きながら、子供や親の声が耳に入る。  そちらに眼を向ければ、遊具や砂場、ベンチや休憩所などが設置された公園があった。  普段なら立ち寄ることのないその場所に、今日は意識が向く。  足を向け、夕焼けに帰宅する人々を眺めながら、空いていたベンチへ腰掛ける。 (まるで、恋人の言葉を待っている……か)  また、その言葉が胸のなかに反響する。  バッグからスマートフォンを取り出して、曲名を検索。  改めて、一覧を表示して、それぞれのアルバム名を黙読する。
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