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そのアーティストのアルバムは、少しスクロールが必要なくらい、私のスマートフォンに入っていた。
最後となる新譜から、ふりかえれば、デビュー前のインディーズの時代のものまで。
もっと言えば……アウトテイク集という、曲として完成していない音源まで入っていた。
それには、本人の呟きや、バックで演奏している人達の軽口なんかまで収められている。
もちろんそれは、公式に発売されたものではない。でも、無断で録音したものや、海賊版なんかでもなかった。
懐かしくなって、それらを再生しながら、当時を想い出す。
やたらと長い会話、合わないリズム、なのに楽しげなメンバー達。
レコーディングされた音源からは、決して聴くことのできない、演奏者達の裏の声だ。
久しく忘れていたその空間に浸っていると、突然、みんなの演奏が止まる。
(あっ……)
演奏の最中、突然割って入ってきた声があったからだ。
女の子の声――それは、しまったという感じで叫んだ後、必死に誤りの声を上げ始めた。
(休憩中だと、想っていたんだよね)
そうしてスタジオのドアを開けたら、演奏もノリにノっているところだと気づいて、やってしまったと反省したことを想い出す。
(懐かしい、そんなこともあったっけ)
あの時は、本当に申し訳ないと感じて、必死に謝った。
みんな優しくて、笑って許してくれたから、とっても嬉しかったのを覚えている。
……自分もその場にいたのが、今はもう、少しだけ遠い感覚に感じる。
当時のわたしの声が、一通り収まる。
すると、また、彼の歌が始まった。
イヤフォンから流れる声を聴きながら、わたしは、彼の言葉に意識を集中する。
言葉と声から生まれる熱、そこからなにかを受けとろうと。
わたしたちが、意識を集中する。
音源のなかの、過去の自分。
公園で独り、彼の歌を聴いている、今の自分。
二人の私が、あの当時の彼の声から、なにかの意味を拾おうと。
(……それは、同じ意味、なのかな)
不思議なものだと、想う。
もう、彼とのつながりは……なにも、ないというのに。
――わたしと彼は、かつて、付き合っていた。
出会いは些細なことで、彼の歌を気に入ったわたしが、彼のライブに通いつめたのが縁だった。
彼は小さいライブハウスから、次第に評価され、大きな会場へと移っていった。
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