第1章

7/10
前へ
/10ページ
次へ
 病院や医師からは、安静にしていないとだめだと言われていたそうだ。  激しい運動や、偏った食事、夜を越える活動や飲食など以ての外。  実際、彼と付き合いだしてから、ずいぶんと無理をしているのだと初めて知った。  足下がふらついたり、倒れたりすることは日常的に。  救急車を呼んだことも、何度かある。  だけれど、自分はそんな生活を愛しているし、そうしないと生まれない言葉と曲がある。彼は、常々そう言っていた。  告白された時、彼にあった陰の正体が、やっとわかった。  そしてそれを知った時、わたしは……嬉しかった、のだと想う。  彼に惹かれていた、その理由が、ようやく理解できたから。  それを打ち明けてくれたことに、奇妙な優越感を感じることができたから。  だから、その別れの言葉に、わたしは抵抗した。  それらを含めて、彼についていくと。  彼が弱り、歌えなくなり、病院でずっと横たわることになろうとも。  わたしは、彼とともにいたいんだと。  必死に、声をふるわせながら、わたしは伝えたのだ。  ミュージシャンでも、作詞家でもないわたしは、ただ不器用に、自分のなかの想いを吐き出すしかなかった。  なのに、彼が発した別れの言葉は、わたしのそうした想いを全て流してしまうものだった。  ――俺は、ただ、曲と歌を作りたい。残りの時間、全てを。  もし、わたしを気遣ってくれたのなら。  そんなことはさせられないと、わたしへの想いがかすかに言葉に残っていてくれたなら。  その言葉を聞きながら、心の中に渦を巻いて、言葉が暴れていたのを今でも想いだせる。  ――でも、わたしは、受け入れてしまった。彼の、別れの理由を。  あれから、数年後。  彼の訃報は、忙しく働くわたしの耳へ、愛しい曲とともに届いた。 「……」  アウトテイク集は、当時の記憶をよみがえらせてくれた。  レコーディングされた曲とは違う、生々しさ。  破綻しそうな熱い空気感が、むしろ、当時の私達の距離感を味わわせてくれる。  だから、そこから新しく、なにも感じとれなかったことに……わたしは、次の曲を再生できないでいた。  自分の声、というのが、より深く当時を想い出させてしまった。  彼が語りかける、当時の私が、そこにはまだ存在していたからだ。  けれど、今のわたしへと語りかける彼の声は、もうない。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加