1人が本棚に入れています
本棚に追加
病院や医師からは、安静にしていないとだめだと言われていたそうだ。
激しい運動や、偏った食事、夜を越える活動や飲食など以ての外。
実際、彼と付き合いだしてから、ずいぶんと無理をしているのだと初めて知った。
足下がふらついたり、倒れたりすることは日常的に。
救急車を呼んだことも、何度かある。
だけれど、自分はそんな生活を愛しているし、そうしないと生まれない言葉と曲がある。彼は、常々そう言っていた。
告白された時、彼にあった陰の正体が、やっとわかった。
そしてそれを知った時、わたしは……嬉しかった、のだと想う。
彼に惹かれていた、その理由が、ようやく理解できたから。
それを打ち明けてくれたことに、奇妙な優越感を感じることができたから。
だから、その別れの言葉に、わたしは抵抗した。
それらを含めて、彼についていくと。
彼が弱り、歌えなくなり、病院でずっと横たわることになろうとも。
わたしは、彼とともにいたいんだと。
必死に、声をふるわせながら、わたしは伝えたのだ。
ミュージシャンでも、作詞家でもないわたしは、ただ不器用に、自分のなかの想いを吐き出すしかなかった。
なのに、彼が発した別れの言葉は、わたしのそうした想いを全て流してしまうものだった。
――俺は、ただ、曲と歌を作りたい。残りの時間、全てを。
もし、わたしを気遣ってくれたのなら。
そんなことはさせられないと、わたしへの想いがかすかに言葉に残っていてくれたなら。
その言葉を聞きながら、心の中に渦を巻いて、言葉が暴れていたのを今でも想いだせる。
――でも、わたしは、受け入れてしまった。彼の、別れの理由を。
あれから、数年後。
彼の訃報は、忙しく働くわたしの耳へ、愛しい曲とともに届いた。
「……」
アウトテイク集は、当時の記憶をよみがえらせてくれた。
レコーディングされた曲とは違う、生々しさ。
破綻しそうな熱い空気感が、むしろ、当時の私達の距離感を味わわせてくれる。
だから、そこから新しく、なにも感じとれなかったことに……わたしは、次の曲を再生できないでいた。
自分の声、というのが、より深く当時を想い出させてしまった。
彼が語りかける、当時の私が、そこにはまだ存在していたからだ。
けれど、今のわたしへと語りかける彼の声は、もうない。
最初のコメントを投稿しよう!