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「――って人さ、良かったよね」
「……えっ?」
ふと飛び込んできた声に顔を上げ、眼を見開く。
暗闇から解放された瞳に、周囲の景色が飛び込んでくる。
「それって、何年か前に亡くなった人だよね」
聞こえてきた声に視線を向けると、まったく知らない女の子達が、歩きながら会話をしている。
二人ともやや大人びた容姿だが、制服姿であることから、学生なのだとわかる。高校生、くらいだろうか。
その内の一人、髪の短い日本人形のような雰囲気の子が、遠い瞳で口を開く。
「わたし……好きなんだよね。彼の声」
「でもさ、ちょっと世代がズレてはいるんじゃない?」
「姉の影響かな。昔、彼のライブに行ったこともあるみたい」
「なるほどね」
彼女達の会話が、誰を指しているのか。
さっきの言葉が聞き間違いでなければ、彼女のお姉さんは、わたしと同じ熱を、一緒に受けていたのかもしれない。
彼を好きだと語る子の言葉に、今風ながらも落ち着いた雰囲気を持つもう一人の子が、優しく答える。
「いいんじゃない。そうやって聴いてもらえれば、嬉しいもんでしょ」
「あ、じゃあ一緒に聴こうよ」
「それは違う話かなぁ」
苦笑する子してお断りしながらも、二人は仲良く肩を並べながら歩いていく。
わたしは、声をかけることもできず、けれど眼を離すこともできなくて、その背中をずっと見つめていた。
遠ざかる、二人の女子高生の言葉。
彼の名前を聞いたのは、最初の言葉だけ。
もしかすると聞き間違いで、違うアーティストの話だったのかもしれない。亡くなったアーティストは、彼だけではないのだから。
けれど、逆を言えば……死しても、その亡くなった人を愛していた誰かが、その熱を伝えてくれることもあるのだ。
そして、わたしが愛した彼もまた……その熱を、誰かに残したくて、その命を燃やしたのだ。
次第に、わたしのなかで不思議な熱がわいてくる。
その熱がいったい何なのか、ちゃんとした名前を与えることはできなかったけれど。
――彼は、一時の熱を与えることより、いつか形になる熱意になることを選んだ。
「だから、あなたは……わたしは……お互いに、出会えたんだよね」
二、三人しか、観客のいないステージで。
興味のなかったわたしを一気に惹きこんだ、あなたの歌声。
あの時の歌声は、もう、わたしの記憶のなかにしかないのだけれど。
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