第1章

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「――って人さ、良かったよね」 「……えっ?」  ふと飛び込んできた声に顔を上げ、眼を見開く。  暗闇から解放された瞳に、周囲の景色が飛び込んでくる。 「それって、何年か前に亡くなった人だよね」  聞こえてきた声に視線を向けると、まったく知らない女の子達が、歩きながら会話をしている。  二人ともやや大人びた容姿だが、制服姿であることから、学生なのだとわかる。高校生、くらいだろうか。  その内の一人、髪の短い日本人形のような雰囲気の子が、遠い瞳で口を開く。 「わたし……好きなんだよね。彼の声」 「でもさ、ちょっと世代がズレてはいるんじゃない?」 「姉の影響かな。昔、彼のライブに行ったこともあるみたい」 「なるほどね」  彼女達の会話が、誰を指しているのか。  さっきの言葉が聞き間違いでなければ、彼女のお姉さんは、わたしと同じ熱を、一緒に受けていたのかもしれない。  彼を好きだと語る子の言葉に、今風ながらも落ち着いた雰囲気を持つもう一人の子が、優しく答える。 「いいんじゃない。そうやって聴いてもらえれば、嬉しいもんでしょ」 「あ、じゃあ一緒に聴こうよ」 「それは違う話かなぁ」  苦笑する子してお断りしながらも、二人は仲良く肩を並べながら歩いていく。  わたしは、声をかけることもできず、けれど眼を離すこともできなくて、その背中をずっと見つめていた。  遠ざかる、二人の女子高生の言葉。  彼の名前を聞いたのは、最初の言葉だけ。  もしかすると聞き間違いで、違うアーティストの話だったのかもしれない。亡くなったアーティストは、彼だけではないのだから。  けれど、逆を言えば……死しても、その亡くなった人を愛していた誰かが、その熱を伝えてくれることもあるのだ。  そして、わたしが愛した彼もまた……その熱を、誰かに残したくて、その命を燃やしたのだ。  次第に、わたしのなかで不思議な熱がわいてくる。  その熱がいったい何なのか、ちゃんとした名前を与えることはできなかったけれど。  ――彼は、一時の熱を与えることより、いつか形になる熱意になることを選んだ。 「だから、あなたは……わたしは……お互いに、出会えたんだよね」  二、三人しか、観客のいないステージで。  興味のなかったわたしを一気に惹きこんだ、あなたの歌声。  あの時の歌声は、もう、わたしの記憶のなかにしかないのだけれど。
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