河内の歴史とか

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そんでもって、その狭山池から東に行き、石川という河川を越え、通法寺跡の場所の近くに、なんと! かの有名な、前九年の役と後三年の役で活躍した、八幡太郎義家のお墓があるのです。 八幡太郎義家は、かの鎌倉幕府(1192年ではなく、1185年の成立に今の歴史では確認されました。) の初代将軍、源頼朝のひいおじいさんであります。 そして、この河内で、武門の棟梁たる、武士が誕生したといっても、過言ではないのです。 その河内の源氏、河内源氏が、日本の歴史を引っ張っていく事となるのです。 そして、その近くに、義家公の父親の頼義が同じく眠っておられます。 自分も、これを知ったのは、つい最近の事で、驚いてました。 まさか、八幡太郎義家公が、自分の近くに眠っておられるとは、思いもよらなかったです。 この人が、いなければ、戦国時代もなかったかも知れないし、それ以前に、元のフビライに、日本は、征服されてたかもしれませんからね。 まあ、それはともかく。 その、八幡太郎義家公のお墓の近くにある大学が、大阪芸術大学です。 その大阪芸術大学の在籍されていたのが、ヱヴァンゲリヲンや、風立ちぬの堀越二郎さんを演じた、庵野秀明さんです。 訳あって、退学になったそうですが・・・。 河内という場所は、希代の風雲児を生む、土壌なのかも知れません。 そして、この河内で有名なのが、太平記で有名な、大楠公、楠木正成公です。 天才的な戦術家でもある、楠木正成は、この河内を本拠としてました。 と、話はここまでで。 次回に続く。
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