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「っ...!!」
夏本場の暑さを越えたというのに、相変わらず暑さが引く様子は未だに感じ取れなかった。
いや、そればかりかさらに暑くなっている気がする。
「全く、朝から暑苦しいわね」
「おい、道場に土足で入るなよ」
「はいはいごめんごめん」
一ツ木成馬、それが俺の名前だ。
父が剣道の師範代の為幼い頃から自分も剣道を始めて武道一筋の半生を送ってきた。
そして彼女が春宮美鈴、俺の朝練に顔を出して一緒に学校に行こうと誘ってくる幼馴染だ。
「ねえねえ、早く学校に行こうよ」
「ちょっと待て、着替えるから」
父が建てた家の敷地の道場を出て自分の部屋に向かった。
「...ったく、毎日飽きずに顔を出すものだな...」
まあ確かに、こうやって毎日迎えに来られるのは悪い気分ではない。
成馬は自分の部屋に入り制服に着替える。
「お待たせ、そろそろ行くか」
「うん、早く行かないと遅刻しちゃうからね」
待っていた美鈴と共に成馬は学校に向かった。
「また入院してるらしいな、お前のお母さん」
「...うん、元々体調を崩しやすい人だからね」
美鈴の母親は病気になりやすい体質で、何でも美鈴がまだ物心がつく前から入院を幾度も繰り返していたらしい。
そんな母に代わって出来る範囲で家庭のことをこなしていた美鈴だが、度重なる医療費で家計は圧迫され続けているそうだ。
「今月も厳しいのか?」
「ま、まあ、補助金もあるし...」
「それ先月も言ってたけど、補助金だって限度があるだろ」
「いざとなれば手段なんていくらでもあるよ...」
彼女の言葉の真意は見え見えだった、お金を貰うのではなく稼ぐ方法、女性にしかできない仕事だってあるということだ。
「...馬鹿、そんなこと考える前に俺が貸すよ」
「え、いやそれは悪いよ!!」
「幼馴染が困ってるのに見捨てられるかよ、いくら必要なんだ?」
成馬はバッグから財布を取り出すが、美鈴はあまり嬉しそうな表情を見せなかった。
「せっかくだけど、これは私の問題だから」
「いや、だけど...」
「一人で何でも解決しようとするあんたとは違って、これは一人でどうにかしないといけない問題なの」
彼女の覚悟を確かめて、成馬は不必要になった財布を閉まった。
「悪いな、こんな話して」
「ううん、それより早く行かないと遅刻しちゃうよ」
「...っておい!!」
美鈴は成馬の腕を引っ張り、下り坂を下って学校へと向かった。
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