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私の名前は文月茜、23歳の極普通の社会人だ。
去年で大学を卒業して、夢だった書店の店員にもなって自分の生活に不満はなかった。
「文月さん、ちょっと」
「はい、どうかしましたか店長?」
店の店長である男性から声を掛けられたので、茜は本の陳列をやめて駆けつけた。
「見たら分かるだろ、あそこにいる立ち読み客」
「は、はあ......」
「さっさと退けてこい、ああいうのは見るだけ見て買わないんだから」
「わ、分かりました......」
茜が働いている書店は立ち読みが原則禁止だが、彼女は立ち読み客を注意することが苦手だった。
「あ、あの......当店での立ち読みは控えて頂きたいのですが......」
「ああごめん、ちょっと気になってしまって......あれ?」
「え、何ですか?」
男は茜を見つめて、何かを思い出しそうな表情で顎に手を置いた。
「あの、もしかして何処かで会いませんでしたか?」
「......失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「賀谷野達也です」
「......ごめんなさい、人違いではないでしょうか」
茜は全く知らない相手だと確信して、彼へ人違いだということを丁重に説明した。
「それでは、私は仕事があるので」
「ま、待って」
達也は茜の手を掴み仕事に戻るのを止めた。
「あの、仕事中にそういうのは......」
「あ、ごめん......」
茜も急に手を掴まれたために、思わず赤面の表情を浮かべた。
「きっと、どこかで......どこか違う世界で会った気がするんだ......」
「......うふふ、面白いこと言いますね」
「あ、いや、ちが......」
「でもいいフレーズですね、まるで純文学の台詞みたい」
まるで何かを妄想するように、茜は両手を組んで語りかけた。
「あ、すいません、急にこんなこと言っちゃって」
「いや、俺も変なこと言って悪かったな、それじゃあな」
達也は茜に背を向けて店の出口に向かった。
「賀谷野達也......」
茜は何かを思い出しそうになったが、それが何なのか結局分からなかった。
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