第一話 穏やかな人

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 大間さんが初めてこの店にやってきたのは、まだ夜はちょっと冷え込む四月の頭だった。  歓迎会の主役だった大間さん。だからこの人が転勤してきた人だと直ぐに分かった。挨拶の時に「愛知県から……」とか聞こえてきたし、会話から単身赴任なんだと推察できた。  どうやら結婚していて、転勤になってしまったらしい。単身赴任のサラリーマンのあるあるで、大間さんは週一の割合いで店を使ってくれるようになった。  来るのは大概、金曜日の八時過ぎ頃。  だんだん顔見知りになって、「納豆ご飯は飽きた。ご飯ですよ。の海苔も侘しい」とか大間さんがボヤくようになって。自炊スキルとしては「ご飯を炊く」ところまで。ってことまでわかって。 「じゃあうちの店にもっと食べに来て下さいよ。お酒なんて飲まなくていいから」なんて軽口叩いて。 「え? いいの? ここ居酒屋じゃなかったっけ?」 「いい。いい」  なんて笑って話してたら、いつの間にか週一から、週三。週三から週四……。今じゃ……週五日だよ。五日!  凄くない? 大間さんの日々の栄養管理を任されている使命感まで感じてるよ俺。  なのに大間さんは呆けた顔して、カウンターの客用に流してあるテレビを観てる。  大将が「ほれ」と俺の前に小鉢を出した。いつもの大間さんへのサービス品だ。  今日はほうれん草とニンジンと、山菜の白和え。しかもイクラが乗ってる。ほぼ毎日ご飯に来てくれるお客さんなんてそうそう居ない。だから大将も大間さんの事はとても大事にしてる。今日大間さんが注文した料理に野菜がないから、きっと白和えなんだろうと思うし。  まぁ、理由はそれだけじゃないだろうけど。  おっとりしてて、なんか可愛いんだもん。大間さんて。
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