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「じゃ、大将。お先っす」
「おう、お疲れさん! 今日は悪かったな」
「あは。はーい」
『赤とんぼ』と書かれた紺色の暖簾を店内にしまった大将に挨拶して、ガラガラと重い音を立てる木製の格子戸を開けて表へ出た。
いつもバイトは十一時までだし、店内にお客がいるから従業員専用の裏口から帰るんだけど。今日は上がろうとした途端、二次会か三次会かって感じのサラリーマンのおじさん達が六人も来て、結局帰るタイミングを逃してしまった。
「……さむっ」
ビュオオオッと、外に出た途端に吹き抜ける北風に首をすくめ、手に持っていたマフラーを急いで首に巻いた。
「はぁ……」
白い息を吐きながら見上げた空には満天の星。
一応都内だけど、ここら辺は繁華街と呼ばれる地域よりだいぶ静かだ。車でちょっと走れば住宅街だし、周りに目が痛くなるようなネオンがギラギラしたビルもない。だから星がよく見える。
唯一分かるオリオン座を見ていると、なぜかあの、人懐こい笑顔を思い出した。
原付きに跨り、メットを被る。
モコモコのジャケットのジッパーを首までしっかり上げ、マフラーが解けないように首元で一回ギュッと縛って、結び目を後ろへ回した。
最後に手袋。
右手をジャケットのポケットへ突っ込み、手袋を取り出すと、ポトッと片方が地面へ落ちてしまった。
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