prologue

5/6
前へ
/113ページ
次へ
「……寒いっつーの」  指がかじかんできた。  もう一度メットを被り、今度は落とさないように手袋を取り出すと、両手へ装着した。原付きに跨りエンジンをふかす。  もう、この道を通ったってあなたを見つける事はない。  なのに、酔っ払ったサラリーマンの背中を見る度に、一瞬スピードを緩めてしまう。  家の近くの公園まできて、原付きを停めた。  メットだけ外し、原付きに跨ったまま、左ポッケからタバコを取り出す。一本咥え、安い百円ライターで火を点けた。 「…………」  深く吸い込み、肺からゆっくりと煙を吐き出す。  初めてシちゃった時、気恥ずかしさを誤魔化すようにタバコを吸った。  なんて言葉にしていいのか分からなかったから。  禁煙中だったくせに、あなたは俺の吸いかけのタバコを奪い、湿ったフィルターにその唇をつけた。  その仕草が妙にエロくて、ずっと見つめていたいような、目を逸らしたいような、変な気持ちになったよ。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

792人が本棚に入れています
本棚に追加