0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
蝉の声
夏休みだというのに朝から部活三昧で、これのどこが『休み』なんだか。
照りつける太陽もまとわりつく熱気も鬱陶しいが、何より鬱陶しいのは蝉の声だ。
四方八方からミンミンミンミン…やかましいことこの上ない。
毎日夏場はそう思ってたが、今日だけは別だ。
忘れ物をして、一人だけ戻った部室。狭い室内に蝉の声が鳴り響いて、やかましいと怒鳴りそうになった時、ふいにそれがピタリと止んだ。
俺の怒りの波動が通じたのか。
そんな満足感に浸ったのも束の間だった。
「あのね…私ね」
蝉が鳴き止んだため、薄い部室の壁越しに隣の声が聞こえてくる。
顔なんか見なくても声だけで判る。同じテニス部の間宮由香里だ。
その間宮の声が、ためらいがちに誰かに話しかけていた。
そして聞こえてしまったその告白。
「私………くんのことが好きなの」
名前の部分が聞こえなかったのは、間宮の声の大きさのせいか。それとも俺の防衛本能か。
ずっと好きだった相手が誰かに告白している。好きだと言っている。
そのショックでへたり込んだ俺に、当たり前だが壁の向こうの間宮たちは気づくことなく、やがて隣の部室は静かになった。
また蝉の声が響き出す。でももう俺はそれをうるさいとは思わない。むしろありがたいくらいだ。
世界中に響き渡っていそうなミンミンとかしましい鳴き声。それが遮ってくれれば、俺は、声を上げて泣けるから。
今日だけは許す。もっと鳴け、蝉。俺も、たくさん泣く。そして、泣き終わったら…立ち上がろう。
蝉の声…完
最初のコメントを投稿しよう!