蝉の声

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蝉の声

 夏休みだというのに朝から部活三昧で、これのどこが『休み』なんだか。  照りつける太陽もまとわりつく熱気も鬱陶しいが、何より鬱陶しいのは蝉の声だ。  四方八方からミンミンミンミン…やかましいことこの上ない。  毎日夏場はそう思ってたが、今日だけは別だ。  忘れ物をして、一人だけ戻った部室。狭い室内に蝉の声が鳴り響いて、やかましいと怒鳴りそうになった時、ふいにそれがピタリと止んだ。  俺の怒りの波動が通じたのか。  そんな満足感に浸ったのも束の間だった。 「あのね…私ね」  蝉が鳴き止んだため、薄い部室の壁越しに隣の声が聞こえてくる。  顔なんか見なくても声だけで判る。同じテニス部の間宮由香里だ。  その間宮の声が、ためらいがちに誰かに話しかけていた。  そして聞こえてしまったその告白。 「私………くんのことが好きなの」  名前の部分が聞こえなかったのは、間宮の声の大きさのせいか。それとも俺の防衛本能か。  ずっと好きだった相手が誰かに告白している。好きだと言っている。  そのショックでへたり込んだ俺に、当たり前だが壁の向こうの間宮たちは気づくことなく、やがて隣の部室は静かになった。  また蝉の声が響き出す。でももう俺はそれをうるさいとは思わない。むしろありがたいくらいだ。  世界中に響き渡っていそうなミンミンとかしましい鳴き声。それが遮ってくれれば、俺は、声を上げて泣けるから。  今日だけは許す。もっと鳴け、蝉。俺も、たくさん泣く。そして、泣き終わったら…立ち上がろう。 蝉の声…完
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