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どっちにしろ、もう何もしてこないのなら個室を出よう。そう思った瞬間、飛びの外から人の声らしきものが聞こえた。
小さくて、かすれていて、とっても聞き取りにくいけれど、確かに日本語が聞こえてくる。…ただ、その声は人間のものには聞こえなかったけれど。
あと 一度 間違えろ マチガエロ…
何かが外で私の間違いを願っている。それが判ると同時に、全身を悪寒が走り抜けた。
絶対に間違える訳にはいかない。同じ数のノックを返さなければならない。
コンコンコン…三回分のノックの音が響く。それを返そうとした直後に、さらにノックオンが続いた。
コンコン、コンコン、コンコンコン、コンコンコン…コン。
結構な乱打ではあったが、必死に数を数え、叩くタイミングまで完全に反芻して再現した。
暫く待ったが、もう、ノックの音も声も聞こえることはなく、私は大慌てでトイレを離れた。
一応、私は何ものかとの奇妙なバトルに勝利したということになるのだろう。でもこの出来事を誰かに話すつもりはない。
本当は、学校中に言いふらして、あのトイレに誰も近づかなくなるようにした方がいいと思う。でも、トイレから逃げ出して来る時、ばたつく自分の足音に混ざって、あの気味の悪い声が聞こえた気がしたから。
ヒトに イウな
その後に小さくノックの音が一とだけして、反射で近くの壁を叩いて返した。
確証はないけれど、あれは多分了解の意味になったと思う。だから私は何も話さない。してしまった約束を破れない。多分、無視して話を広めてしまったら、この噂の中でも語られている『とんでもないこと』が起こると思うから。
体験してしまった、これまでまったく信じてなかった怪談話。誰にも話さないから…話せないからこそ、もう私は、あのトイレには近づかない。
トイレの噂…完
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