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その声に清人はゆっくりと顔を上げ、向かい側のソファーに座った真澄に、僅かに殺気の籠った視線を向けた。
「真澄さん? 清香を泣かせましたね?」
しかしその程度の恫喝は予想の範囲内だった為、真澄は平然と問い返した。
「それについては全面的に謝るけど、今それについて四の五の言っている場合じゃ無いんじゃない? 下手したら清香ちゃん、人間不信になりそうよ?」
「……どうすれば良いと言うんですか」
すぐに殺気を消して再び項垂れた清人に、真澄は舌打ちしたい気持ちを懸命に堪える。そこで慎重に聡が清人の横に腰を下ろすと、清香の様子を見に行っていた浩一が、リビングに入ってきた。
「駄目だね、内側から鍵がかかってるし、呼び掛けても応えない」
「取り敢えず、引っ張り出すしか無いわね」
溜息混じりに浩一が真澄の隣に腰を下ろすと、真澄がきっぱりと言い切った。それに清人が、怪訝な視線を向ける。
「どうやってですか?」
「私に任せてくれない? 古事記や日本書紀の時代から、扉の向こうに隠れた大御神を誘い出すのは、女神の役目と決まっているでしょう?」
「……はあ?」
清人と聡は怪訝な顔を向けただけだったが、浩一はきょとんとしながら、隣に座る姉に疑問を呈した。
「姉さん? それは天照大神が、天の岩戸に隠れた話の事を言ってるのか? 姉さんが清香ちゃんの部屋のドアの前で裸踊りとかしても、別に楽しくも何ともないと思うけど」
浩一がそう言った瞬間、真澄が勢い良く立ち上がり、両手で浩一のネクタイを掴んだと思うと、首の結び目をギリギリと力任せに締め上げた。
「浩一、あんたこの状況下で、良くそんなくだらない冗談をいえる程度に、図太い神経していたのね。お姉さん全っ然、知らなかったわ」
「悪い、姉さん! 失言でした! 取り消しますから、その手をっ!」
必死に弁明を繰り出し、窒息の危機から脱してゼイゼイと息を整えている浩一を、清人と聡は生温かい目で見やった。そんな三人を見下ろしてから、真澄が憤然として歩き出す。
「全く……、どいつもこいつも、使えない男どもね!」
盛大に吐き捨てつつリビングのドアを開けて廊下を進み、清香の部屋のドアの前に立った真澄は、まずは普通に呼びかけてみた。
「清香ちゃん? 真澄だけど、ちょっと話があるから開けて貰えないかしら?」
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