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①
君はいつも私の前を歩いている。
こっちを向いて。私を見て。
大きな君の背中に手を伸ばす。
届きそうで届かない。あと少し。ほんの少し。
君を呼ぶ。私に気づいて。
長い足が立ち止まる。
ゆっくりと君が振り返った。
私を抱き寄せようと伸ばした逞しい腕。
嬉しくて腕の中に飛び込むけれど。
君の笑顔が眩しすぎて、私は目を覚ます。
今日も君の夢を見た。
いつも同じ夢。
物心つく前からずっと見ていた。
君は、赤い糸で結ばれた運命の人。
どこにいるの?
どこにいても必ず見つける。
たとえ宇宙の果てだとしても。
君を探すためにこの会社に入ったのだから。
こんなに私に想われて、君は宇宙一の幸せ者。
早く君に会いたい。
もしかして、すぐそばまで来てたりして。
目を閉じると、そこに君がいる。
愛しくて、切なくて、嬉しくて、ときめいて頬がだらしなく緩む。
ドゥン!
鈍い音が頭がい骨を伝わり耳に届く。
音からワンテンポ遅れて、額を痛みが襲った。
「痛っ……!? 何? 何!」
何が起こったのか、わからない。
わかるのは酷い痛みだけ。
「デコパンチだ」
夜空はフレームレスメガネを、中指で神経質そうに位置を直す。
その平然とした態度には悪気どころか、私を心配する様子は一ミクロンもない。
「夜空さん! 顔はやめてくださいって言ってるじゃないですか! 女の子の顔をパンチするなんて信じられません! パワハラ! パワハラですよ!」
夜空は冷たく整った顔を、嫌悪に歪めた。
「うるさい。君は耳障りな夏の蚊か。カウンターデスクに肘をつき、勤務中バカ面でボーっと呆けていたことを棚に上げて、指導係の私に文句を言うとは。文句だけは一人前だな。社会人としての自覚はあるのか? いつ何時お客様がいらっしゃるかわからないんだぞ。それにだ、その顔、額くらいへこんだところで見た目に大差ない」
早口でまくし立てる。
ブッチーン!
私は立ち上がり、夜空を指差した。
「酷い! モラハラ! モラハラですよ!」
「給与泥棒に成り下がるつもりなら、その顔サンドバックにするぞ」
威圧的な眼差しで私を睨みつける。
キッと睨み返す。
負けないんだから。
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