プロローグ

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 板橋警察署刑事課の音無巡査は、ヒールを鳴らして大学の廊下を歩く。  大和大学は東京都板橋区に本キャンパスを構える私立大学である。その構内を黒いスーツに身を包んだ女性が歩く様は、別段珍しいことではない。 それなのにも関わらずすれ違う男子生徒は思わず振り向き、彼女の肩口で切りそろえた黒髪のショートヘアが微かに揺れるその背中を追う。身長は高くないが、均整のとれた身体に長く伸びた脚は、女優かと見紛うほどだ。芯の強さが表出した、きりっとした眉。細く、そして高い鼻梁は、丁度良い大きさだ。微笑を浮かべる唇は、なんと魅力的だろうか。白く透き通った肌は、思わず触れてみたくなるだろう。それらのパーツを備えた顔には、職業柄薄い化粧が施されているだけ。  一介の地方公務員にしておくには惜しいほど、彼女は美しい。  そんな音無巡査にも欠点がある。職務怠慢とあげつらうほどではないが、あまり仕事に身を入れる種類の人間ではない。それは殺人事件の捜査中であってもだ。  大学構内を歩いているのも、半分はサボっているようなものだ。捜査を抜けだしてはカフェで一息。そういう女性なのだ。  目下サボタージュ中の彼女は、とある人物を探してキャンパス内を歩く。午後の四時を回り、日の傾いたキャンパスを学生らが闊歩している。――彼を見つけることは難しいかもしれない。  そろそろ諦めて捜査に戻ろうかな、などと思っていたけれど、幸運にも彼を見つけた。高身長を誇る彼は目立つ。小脇に資料らしき書籍を数冊抱えていた。
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