79人が本棚に入れています
本棚に追加
「辻霧君!」
廊下を行き交う学生たちの視線をよそに、彼女は声を張り上げる。
自分の名を呼ぶその声に振りむき相手が音無巡査だと視認すると、彼は途端に笑みをこぼす。空いていた左手を振りあげた。そして互いに歩み寄ると
「音無巡査ではありませんか。また会えるとは感激です」
「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。ありがと」
「この夏はお世話になりました」
男の名は辻霧幸人。大和大学院法科学科に籍を置く二年生だ。三ヶ月ほど前の夏にある事件に巻き込まれた被害者と、その捜査員という仲であって他意はない。ただしお互い軽薄な雰囲気が合う者同士という注釈がつく。
実はその夏の事件を解決に導いた立役者が彼なのだが、それは当時の捜査員のごく一部が知るに留まる。彼はどういうわけかそれ以前にも数件の事件で関係者として名を連ね、ことごとく解決しているのだ。
「探していたのよ辻霧君」
目的地は分からないが、彼が歩きはじめるのでそれに合わせて付いていく。
「奇遇ですね。僕も音無巡査が来るのではないかと、ほのかに期待していたんですよ」
「なぜかしら?」
音無は分かっていながらはぐらかす。
最初のコメントを投稿しよう!