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そして、ついに恵似子にドナーが見つかった。偶然、院内で同じくらいの年齢の子供に脳死者がおり、その子供の親が、恵似子に腎臓の提供を承諾したのだ。恵似子の手術は大成功を収めた。
それからと言うもの、恵似子はメキメキと回復し、健康な体を手に入れた。
しかし、恵似子は、浮かない顔をしていた。どうしたのかと母親が訊ねた。
「カナちゃんが、来なくなっちゃったの。恵似子、カナちゃんに何か悪いこと、言ったかな?」
恵似子は涙ぐんだ。
「きっと、カナちゃんは退院したんだよ。元気になって、病院からいなくなっちゃったんじゃないのかな?」
「退院する前に、会いに来てくれればよかったのに。」
恵似子は肩を落とした。
母親は知っていた。腎臓を提供した子供が、カナコだということを。
恵似子は、しばらくして、その事実を知ってしまう。
「恵似子のために、カナちゃんが死んだ!」
半狂乱になって泣き叫ぶ恵似子を母親は一生懸命なだめた。
「違うのよ、カナちゃんはもう、何年も前から植物状態だったのよ。この前、容態が急変して脳死が確定したから。カナちゃんが、ここに来るなんて、ありえないのよ。」
「違う!確かに、カナちゃんはここに居たの!」
恵似子は、母親に、交換日記を突きつけてきた。カナコという女の子はずっとベッドの上で寝たきりだから、あり得ないのだ。母親は別の誰かと勘違いしているのだとしか思わなかった。
カナコの意識だけが、一人歩きするなどと、誰も想像しないであろう。
確かに、恵似子はカナコと親友だったのだ。
健康な体を手に入れ、病院を退院した後も、失意の恵似子は学校に行くことを拒んだ。
罪の意識に押しつぶされそうだったのだ。
どうしてカナちゃんが死んで私が生きているのだろうと。
学校に行かせようと、必死に説得する親と衝突し、恵似子はある日の晩に家出をした。
6月の雨上がりの晩で、夜の公園には、蒼い紫陽花が咲いていた。
紫陽花の花びらの雨露が涙のようだ。
恵似子は一人、公園のベンチで泣いていた。
すると、公園の片隅の公衆電話が鳴った。
恵似子は、恐る恐る、近づくと、その電話に出た。
出なければいけないような、使命感に駆られたのだ。
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