3人が本棚に入れています
本棚に追加
観覧車と空
結婚するという話を聞いたのは、人伝(ひとづて)だった。五十嵐祐次はなんとも言えない気持ちでそれを聞いた。もうあれから、11年が経つ。
『やっぱり知らなかったんだ』
という、それを伝えてきた昔の仲間の言葉尻が、余計になんとも言えない気持ちを増長させた。
久しぶりに自宅の電話機を使ったな、とぼんやり思いながら受話器を置く。
「結婚、か」
思わず呟いてみる。女性ほどではないのかもしれないが、周囲からのプレッシャーを感じないでもない。自分の父親が三十二歳の時は自分の小学校の入学式に出ていたと思うと、多少の焦りも感じる。親しい友人で結婚しているのはまだ少数だが、そろそろ所帯を持つのも悪くはないと思う。
祐次は窓を開けて、薄汚れたサンダルを履いてベランダへ出た。肌寒い空気が部屋に吹きこんでくる。枯葉が吹き飛ばされるのを見て、余計に物寂しい気持ちになって苦笑いをした。
?
学生の頃、映画を撮っていた。脚本は祐次。監督は原寿志。資金の無い中でやり繰りをしながら、好きな映画を撮るのは楽しかった。
調子づいてヒロインを公募したこともある。インターネットも携帯も身近ではない時代、手書きのポスターを店や民家の壁に頼んで貼らせてもらい、問い合わせ先は寿志の自宅の電話番号にしてあった。問い合わせがあったのは五人。全員に集まってもらい、オーディションを行った。その中で祐次が推したのは、砂森那美絵という女性だった。
「おれの“彩乃”のイメージは彼女だ」
そう力説した。
「だけど祐。おれは高杉ミノリの方が良いと思う。彼女は芝居の経験もあるみたいだし」
と、寿志は現実的な側面もあげる。
「おまえの言うこともわかるけれど、砂森という人は全くの素人だ。いきなりチームに溶け込んでカメラの前で演技できるとは思わない。これはコンクールに応募するための映画だし、出演者のレベルを上げたいがためのオーディションだろう?」
「いやでも」
祐次は言いよどんだ。
「おれの書いた彩乃のイメージは、清純な素人っぽいイメージだ。砂森さんのあの雰囲気だけでいけるとおれは思う。高杉さんでは芝居慣れし過ぎていて、画面が良くない」
「祐」
寿志はまた始まった、とでも言いたそうな顔で、握っていた万年筆で祐次を指した。
最初のコメントを投稿しよう!