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祐次は、この受賞が嬉しくないわけではなかったが、ただの通過点に過ぎないと考えていた。受賞をきっかけに、寿志に断った上で書きためていた未発表のシナリオをコンクールへ片端から応募を始めた。略歴には勿論、今回の受賞のことを書き添えた。
一年ほどの間にいくつかの賞を受賞し、ひとつは大賞に輝いた。それを知りチームのメンバーは喜んだ。自分たちの学生映画に箔がつく。だが、祐次はそうしなかった。
大学近くの喫茶店で、一番安いブレンドコーヒーを前に座っている祐次のテーブルへ、呼び出された寿志が座った。
「待たせたな。講義が長引いた」
「いや」
祐次はまだ半分ほど残っているコーヒーを飲み、唇を湿らせた。
「なんだ? 改まって」
ウェイトレスにはやはりコーヒーを注文して早々と追い返して、寿志は上着を脱ぎながら問いかけた。祐次がわざわざ大学の外に彼を呼び出すのは、あまりあることではない。
「この前の、藤原英吾脚本賞の話なんだが」
「ああ」
寿志は人の良い笑顔を浮かべて右手を差し出した。
「受賞おめでとう」
「ありがとう」
釣られて祐次も笑いながら手を握り返す。
「みんな、祐の名前に託けて自分たちの映画が有名になるんじゃないかって、他力本願なこと言ってるよ」
「そのことなんだけど」
「うん?」
コーヒーが運ばれてきて話が中断する。ウェイトレスが伝票を置いて立ち去る。
「受賞したシナリオが、テレビドラマ化されることになった」
一泊置いて、
「すごいじゃないか」
と寿志が言う。少し戸惑うようなニュアンスが含まれていたのは、祐次の被害妄想ばかりではないだろう。
「だが局側から条件を出された」
「条件?」
寿志が砂糖も入れずに放置してあるカップから、漂う熱いコーヒーの匂いが鼻につく。
「今回の受賞が初めてだという経歴にするようにと言われた」
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