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思い出したようにライターを取り出して煙草に火をつけた。じじっと微かな音がして、紙と葉の焦げる匂いがしてくる。
自分からは連絡しにくい。寿志の方でもそう思っているだけで、別に仲違いをしたわけではないのかもしれない。それでも寿志に連絡を取る気にはなれなかった。電報のひとつも打とうかと思ったが、相手があの天宮美紗では、当然祐次のことも覚えているだろう。ふたりの間で祐次はどういうポジションにいる人間なのか。それを思うと、下手に自分の名前を思い出させて嫌な気分にさせることが怖くて思いとどまる。
結局祐次には、脚本を書くしかないのだ。脚本家になることが夢だった。チーム原での映画撮影より、プロになることが大切だった。その気持ちに嘘はないし、後悔もしていない。ただ少し、思い出すと懐かしくて寂しい気持ちになる。ただ、それだけだ。
胸ポケットの携帯が震えた。取り出して開いてみると、今度映画になる彼の脚本の、原作者からのメールだった。
原。結婚おめでとう。
高い空へ念を飛ばすように心で呟いて、祐次は紫煙を吐き出し、煙草をベランダに置いてある灰皿でもみ消した。
原作者に恥じない脚本のたたき台を今日中に書き上げなければ。そして、もしかすれば自分の作品を見てくれているかもしれない寿志のために。監督にならずに、普通の企業に就職した寿志のために。自分は自分の夢を追い続けるのだ。
体に纏わりついた冷気を叩き落すように自分の腕を抱きながら部屋の中へ入ると、祐次はパソコンに向かう。
“観覧車の横切る空を”
学生映画コンクールで受賞した祐次の脚本のシーンが、この映画に散りばめられていることに寿志は気づくだろうか。そう思いながら。
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