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「なぁ」
「…何?」
彼女を抱きしめる腕を解き、彼女に視線を合わせる。
濡れた瞳を見て、どうしようもない感情が湧き上がる。
ヤバイ、こんな時なのに、ハマりそうだ。
「…帰ろう」
「…」
真っ赤な瞳に、また大粒の涙が溢れ出す。
ギュッと目を瞑り、彼女は何度も何度も、繰り返し頷いた。
「久住君が…わかってくれたから…」
「…」
「だから、頑張れると思う」
それは違う。
「もう頑張らなくていい。少なくともボクの前では」
「…」
「お互い、弱み晒したしな」
顔を見合わせ、笑う。
彼女とここで会えたことが、ボクに“笑う”力を再び与えた。
そして、もう一度歩いていく力を。
これから何年か経って、今日のこの日を懐かしく思えればいい。
『こんなこと、あったね』と、笑えればいい。
そして願わくば、その時、キミが隣に──。
「月…」
彼女の呟きに、ボクも空を仰ぐ。
真円から大きく欠けた月が見えた。
欠けている部分が、自分と似ていると思った。
「キレイだね」
「そうだな」
今、穏やかな気持ちで月を眺めていることが不思議でならない。
人生なんて、どこでどう変わるかわからない。
たった数十分で、それを実感した。
彼女はどう思っているかはわからない。
でもボクは確信する。欠けたボクの心は。
──それを埋めるのは、きっと彼女なんだと。
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