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ー気付いた時には、全部終わった後だった。
むせ返るような血の匂いに顔をしかめながら周りを見渡せば、折り重なるように倒れた男達がそこらじゅうに転がっている。
足元には血染めのナイフ。つまりこれが凶器なのだろう。
「ははっ!いい気味だぜ、愉快愉快」
「笑っている場合ですか!あーあーもうなんて事をしてくれたんだ」
この状況にはおよそ不釣り合いな口論が、コンクリートの壁に反響する。
「仕方ねぇだろ。こうするしかなかったんだ」
「他にもやり方はあったはずです。どう考えてもやりすぎだ!」
ぎゃんぎゃんとまくしたてる甲高い声は、なおも喚き続けている。
「もう駄目だ……僕達豚箱行きですよ。こんな野蛮なやつの道連れにされるなんて……」
「残念だったな、兄弟。オレ達は運命共用体だ」
「運命"共同体"です!」
「どっちでもいいだろ!……どのみちこいつは奴隷なんだ、どこへ行こうが豚箱みてぇなもんだろうが。それにこいつらを殺ってなきゃ、オレ達は今こうして話すことも出来なかったさ……殺らなきゃオレらが殺られてた」
ふて腐れたような少し低めの声は、その言葉の端々に憎しみをちらつかせている。
男は、一段と声を低くして続けた。
「……幸い、目撃者は誰もいねぇ。証拠はこのナイフだけ」
「それさえ捨てれば……」
ー完全犯罪だ。
でも残念。
まだ一人、目撃者は残っている。
この惨劇を目の前で見ていた……この俺が。
「真相を知る者が生きていたら、いつかはぼろが出る。……完全犯罪を成し遂げたいなら、役者は全員舞台を降りるべきさ」
べったりと血のこびりついた手を眺めながら呟けば、頭の中で非難の声が反響する。
ああだこうだと自分の言い分ばかりを喚き散らすちぐはぐな二人の人格に、ざまあみろと口の端に笑みを浮かべながら足元のナイフに手を伸ばす。
ーあいにく、この腐った世界には何の未練もないんでね。
「……じゃあな、兄弟」
幕引きのナイフが振り下ろされ、辺りはまた静寂に包まれる。
役者の消えた舞台の続きを、知り得る術は何もない。
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