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「私ね、もうすぐなの」
突然告げられた言葉に呆然とする。
口をはくはくと動かすしか出来ない僕を見つめ、彼女はゆったりと笑った。
一瞬、時間が止まってしまったみたいに静まりかえったこの空間の中で。
いっそ、このまま時間が止まってしまえばいいのに。
そう願う僕を嘲笑うかのように小さな葉が1枚、はらりと落ちた。
もう動くことのない、彼女の手の上に。
いや、正しくは彼女の手"だったもの"の上に。
彼女はもうすぐ花を咲かせる。その命と引き換えに。
通称"寄生木(やどりぎ)病"、原因不明の奇病だ。
身体の内側から木の根に侵食されていき、やがては樹木と同じになってしまう。
花が咲くのはその人の命が尽きることを示し、そしてその花が散る時、その人に関する記憶も全て消えてしまうのだ。
治療法はおろか実態すら未だ詳しく分っていないその寄病は、奇しくも彼女を選んだ。
花のようにふんわりと笑う、目の前の彼女を。
「……もう、いいんだよ」
少しだけ潤んだまっすぐな瞳が僕を射抜いた。
意を決したようなその表情に、思わず息をのむ。
「な、に……言って」
やめろ、聞きたくない。
「もう……ここに来なくてもいいんだよ」
頼む、やめてくれ。
「貴方は、ここに……いるべきじゃない」
頼むから…っ。
「だから……」
「……なんでそんな、笑ってられるんだよ…っ、なんで!」
ーよりによってなんで、君なんだ。
大声で叫んだ僕に彼女は目を丸くした。
柔らかなその声を、彼女の紡ぐ言葉を、今だけは聞きたくない。
まるで喉がぎゅうっと締め付けられているように苦しくて、シャツの胸元をぎゅっと握った。
「……ごめん」
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