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「ううん。……私こそごめんね」
「……なんで、謝るんだよ」
困ったように眉を下げるその顔も、色素の薄いブルーの瞳も、その優しい眼差しも、全部全部覚えておきたいのに。
何一つ、忘れたくないのに。
その時がきたら、きっと僕は君を忘れてしまう。
「本当は忘れてって言いたいのに、言わなきゃいけないのに、私…」
ほとんど樹木と化した彼女の冷たい身体を抱きしめると、肩に暖かい何かが触れた。
それが涙だと分かるまでに、そう時間はかからなかった。
「……ねぇ、ひとつだけお願いしてもいい?」
「何?」
「花が咲いたら、私の名前を付けてほしいの。……そうしたら私の名前だけでも、覚えていられるでしょう?」
「……君らしいな」
悪戯っぽく笑う彼女の上で、もう大分膨らんできている蕾が揺れている。
「ねえ、もしもいつかまた会えたら、私の花の色……教えてくれる?」
「あぁ。きっと……すごく綺麗な花なんだろうな」
赤くなった目を細めて彼女は微笑む。
ありがとう、と動いた唇に僕はそっと口付けた。
ざらざらとした木特有の感触さえも、いとおしくてたまらなかった。
「……愛してる。これから先も、君のことを忘れても、ずっとずっと」
「私もよ。……たとえ人ではなくなったとしても、ずっと、貴方の幸せを祈ってる」
そのまま彼女は目を閉じた。
そして再びその目が開くことはなかった。
ーあれから何年後かの春。
僕は今年も、破れかけの古びた地図を片手にあの丘にきている。
その地図は僕が昔から持っていた物で、赤く印を付けてある場所に"花が咲く頃に待ち合わせ"と書いてある。
何故こんなものを書いたのかは分からないが、間違いなく僕の筆跡だ。下には小さく走り書きで"エイミー 花の色を伝える"の文字。
どうやら誰かにあの花の色を伝える約束をしているらしい。
まぁ、今まで誰にも会った試しはないけれど。
それでも、どうしてもここに来なければいけない気がするのは何故なのだろう。
そよそよと頬を撫でる心地よいそよ風に吹かれながら、風にそよぐその花を眺めていると、ふと、小さな女の子がこちらを見上げているのに気付いた。
「おじさん、何してるの?」
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