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(やべぇ、丸ごと忘れた!)
夕暮れの校舎をタカヤが小走りに教室に向かっている。
宿題の数学の教科書とノートを、うっかり丸々教室に忘れたのだ。
(はー、俺とした事が・・・ん?)
教室を勢いよく開けようとした瞬間、微かに聞き慣れたフレーズが聞こえた。
そうっとドアを開けたタカヤの目に飛び込んできたのは、校歌をごくちいさな声で、窓の方を見ておぼつかない音程で歌うリョウタロウの姿。夕焼けに照らされて、ただえさえ細い体が余計細く見える。
「・・・邪魔すんぞ」
ためらいながらかけた声に、びくりと歌声が途絶えた。
見とれていた自分が恥ずかしくて、ぶっきらぼうな調子に自分で苦笑いしている。紅茶色の髪と、色素の薄い双眸が、決まり悪そうに漆黒の瞳を見つめる。
「・・・数学の教科書もノートも忘れちゃってさ」
言い訳のように口ごもりながら、リョウタロウは自席を探る。
「・・・お前さあ」
かけられた言葉に、リョウタロウは首筋まで真っ赤にしている。
「何で練習の時に歌わない訳?」
タカヤの問いになにか応えているが、さっぱりタカヤに届かない。
「え?なに?」
じれたタカヤがリョウタロウの前の席に陣取って、椅子に逆にまたがって、耳をそばだてる。
「・・・音がズレるんだよ、歌ってるうちに」
夕焼けより赤いリョウタロウの顔を見ながら、
「宿題教えてくれたら、校歌、教えてやるよ」
そう言って眼差しだけで笑うタカヤ。
「・・・い、いいよ」
真っ赤な顔を隠すようにしてうつむいてしまう。
「何で?俺結構人気あるバンドのヴォーカルだぜ?皆と歌えるくらいまでなら教えられるよ」
「いや・・・」
「俺んちで両方やろうよ。どうせひとり暮らしだし」
言うが早いか、リョウタロウのカバンと自分の数学の教科書とノートを持つと、スタスタ歩き出してしまう。
「・・・ちょ、ちょっとイガラシ!?」
出遅れたリョウタロウは慌ててタカヤを追う形になる。
「ちょっと待てってー!!」
リョウタロウの声が虚しく響いた。
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