第2章

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(やべぇ、丸ごと忘れた!) 夕暮れの校舎をタカヤが小走りに教室に向かっている。 宿題の数学の教科書とノートを、うっかり丸々教室に忘れたのだ。 (はー、俺とした事が・・・ん?) 教室を勢いよく開けようとした瞬間、微かに聞き慣れたフレーズが聞こえた。 そうっとドアを開けたタカヤの目に飛び込んできたのは、校歌をごくちいさな声で、窓の方を見ておぼつかない音程で歌うリョウタロウの姿。夕焼けに照らされて、ただえさえ細い体が余計細く見える。 「・・・邪魔すんぞ」 ためらいながらかけた声に、びくりと歌声が途絶えた。 見とれていた自分が恥ずかしくて、ぶっきらぼうな調子に自分で苦笑いしている。紅茶色の髪と、色素の薄い双眸が、決まり悪そうに漆黒の瞳を見つめる。 「・・・数学の教科書もノートも忘れちゃってさ」 言い訳のように口ごもりながら、リョウタロウは自席を探る。 「・・・お前さあ」 かけられた言葉に、リョウタロウは首筋まで真っ赤にしている。 「何で練習の時に歌わない訳?」 タカヤの問いになにか応えているが、さっぱりタカヤに届かない。 「え?なに?」 じれたタカヤがリョウタロウの前の席に陣取って、椅子に逆にまたがって、耳をそばだてる。 「・・・音がズレるんだよ、歌ってるうちに」 夕焼けより赤いリョウタロウの顔を見ながら、 「宿題教えてくれたら、校歌、教えてやるよ」 そう言って眼差しだけで笑うタカヤ。 「・・・い、いいよ」 真っ赤な顔を隠すようにしてうつむいてしまう。 「何で?俺結構人気あるバンドのヴォーカルだぜ?皆と歌えるくらいまでなら教えられるよ」 「いや・・・」 「俺んちで両方やろうよ。どうせひとり暮らしだし」 言うが早いか、リョウタロウのカバンと自分の数学の教科書とノートを持つと、スタスタ歩き出してしまう。 「・・・ちょ、ちょっとイガラシ!?」 出遅れたリョウタロウは慌ててタカヤを追う形になる。 「ちょっと待てってー!!」 リョウタロウの声が虚しく響いた。
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