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上階の室に向かうと、扉の前で息を吸う。
「波寧安(ハニーア)でございます」
声をかけずとも良いと「彼」に言われているが、店に与えられた漢字名を口にすることで、ハーニャも「仕事」の始まりだと体に叩き込む。
寝台に腰かけて、しなを作るも全く男はしゃべらない。
ため息しか出ない。
男は、大きな体躯を絨毯とクッションに預けている。
「鋼の将軍」と呼ばれるユン将軍は、甲冑を外し私服となっても分厚い体が威圧感を示す。
金の使い道がないのだと若い兵を連れてきて遊ばせ、自分は濃い色の酒を飲むだけ。珍味にもそれほど興味ないらしい。
塩を舐めて酒を飲まれた時には、厨房が哀れに思えて珍しく果物を頼んだ。
服は少々金がかかると言っていたが、それは贅沢というより布代と仕立て屋泣かせの注文のせいだ。足さばきの良いように、裁断から変えてあるとか。
つくづく遊びの下手な、酒につまみすら必要としない男なのだ。
女も。
床に女を呼んだことも無かった。
なんで妓楼に来てんのアンタ、
って言ってやりたかった。
過去形。
なぜなら宴席への指名を重ねた挙げ句、ここ半年ほど一等室にハーニャを呼ぶからだ。
呼ぶというのは適切ではないかもしれない 。
ハーニャに室が与えられている。妓女に他の客を取らせず、独占するのだ。
表向きに配慮する事情のある客のための、妓楼内の妾宅のようなものだ。
今まで、女たちに見向きもしなかったユン将軍が歌姫におちたと一時はやっかみもずいぶん受けた。
けれど、指一本触れないのである。
一応の覚悟をしていたので、肩透かしも良いところである 。教本らしきものの「大柄の陽を納める」章を読み返し、膏薬を用意していたなんて恥ずかしい。
好きでもないが嫌いでもない相手に買われ、対価を払えないというのはじわりじわり炙られている気分だ。
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