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重く垂れ込める雲、その隙間から差す僅かな銀の光。女神の髪ように雲は次々と形を変え、上空が吹雪いているのを感じる。
水の音が春を告げ、雪原の一部が短い苔に覆われる。
故郷のことを思い出すことなんて、ここ数年はなかったのに。
目の前の彼を少し恨めしく思う。
彼が珍しく料理を頼んだらしく、運ばれてくる。
肉料理に、珍味、泡酒……果物。
彼も恵露節を祝うのだろうか。
いや、そんなはずはない。
もし彼が祝うとしたらこんな場ではない。
自分が相手でもない。
ちゃんと家庭で、祝う人だ。
無口で愛想も無いがこの半年でわかった。
彼は、そういう伴侶を選ぶのだろう。そう遠すぎない未来に。
独身の間にちょっとした遊びの思い出が欲しかったのだろう。
運ばれてきた料理のうちで、野菜の盛り合わせが目に入った。
「食べないか」
それはハーニャの好物だった。
故郷の短い夏の間には行商人が野菜を売りに来る。
氷に閉ざされた期間には、食べられないものだった。
こちらでも野菜は女性に好まれるが、肉や魚の添え物だ。
ユン将軍は、小壺の蓋を取る。
香りが胃を締め付ける。
「懐かしいか?」
嗅覚は記憶を揺さぶると言ったのは、どの客だったかしら。
本当に、そうだ。
そのソースは、ハーニャの故郷のものだった。
「どうして、ご存知なのですか」
声が震える。
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