第15章 犬が見てる

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あまり年齢を感じさせない顔で瀬戸さんは平然とおっさんぽいことを言う。 「麻婆豆腐の辛さは唐辛子の辛味だけじゃないんですよね。それにプラスして、花椒っていう山椒に類するものに由来する『麻味』って、痺れるような、麻痺させるような辛さがあってこそなんですよ。口の中が痺れるように感じてこそ麻婆豆腐だと…、つい、思っちゃうんですよね。すみません、語っちゃって」 「いえいえ」 なんかここまで来ると。ちょっと楽しくなって笑ってしまいます。思わず水を飲みながら問いかける。 「本当にお好きなんですね、麻婆豆腐」 「どうなのかなあ。他のものに較べてそれほどってこともなかったんですけど。…これは作れないな、とか食べられないよなぁ、と思うことが重なると、無性に食べたくなることがあるって感じですね。多分、いつでも食べられるってことになったらそれほどでもなくなるのかな」 「ああ…なるほど」 わたしは水の入ったコップを握りしめて頷いた。 「わかるような気がします」 自分のことを言われてるような。いやそうでもないか。いつでも手に入るってことになったらどうでもよくなる? …そんなはずない。 でも、手に入らないってわかってるからこそ欲しい。俯いてコップの表面をじっと見つめた。そんな気持ちをどう伝えればいいだろう。 「どうですか?もうお腹いっぱいですか。作り過ぎたかな、僕」 わたしは慌てて顔を上げて笑顔を見せた。 「そんなこと。…全然、まだ食べますよ。わたし本気出すと滅茶滅茶量いけます。タクといい勝負ですよ、自慢じゃないですけど」 瀬戸さんは目を細めてにっこりと優しくわたしを見た。 「どうですかね。タクはまた最近すごいですよ。今までの食欲はまだ本気出してなかったのかな、とちょっと怖くなるくらいです。あれで中学とか高校生になったらどうなるんでしょうね。男の子ってあんなに食べるもんなのかな。自分はあそこまでじゃなかった気がするんですけどね。個人差もあるのかな」 「それは楽しみですね、ちょっと見てみたいです」 胸がキリッと痛む。中学生になったタク。その時わたしは、瀬戸さんは互いに何処でどうしているんだろう。 離ればなれで顔を合わせることももう二度となくなってるんだろうか。 瀬戸さんの作ってくれた美味しいご飯を口に運びながら考える。わたしの恋人になって、なんて言えない。この人がわたしに変な気なんか天からないのわかってる。
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