第15章 犬が見てる

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わたしはそっと携帯の画面に目をやった。…まだお昼過ぎ。家に帰るまで間がある。ああ、でも。 今日は下の家に帰る日だ。胸の奥がふわぁとあったかくなる。竹田と二人で眠る夜だって嫌いじゃない。お互いの存在に慣れてるし、ほっとして安心する。だけどそれとはまた全然別の話なんだ。 今日はタクとモップの散歩がてら町のスーパーに買い物に行って、夕飯の支度をしよう。…もし瀬戸さんのお仕事があんまり忙しくなくて、一緒に手伝ってくれたら。 思わず頬が自然に緩んでしまう。…そしたら、もっといいなぁ…。 「え?…いま、なんて言ったの?」 わたしは思わず足を止め、呆然と佇んだ。うぉんうぉん吠えるモップと一緒に嬉しそうに畑の畦道を駈けずり回り、辺りの草をぶちぶち毟りとる少年は何てことないみたいにあっさりと答えた。 「だからさ。俺たちも観に行ったんだよ、東京まで。ちゆちゃんと立山くんの舞台」 …聞いてない。 わたしはショックを受けたことを子どもに悟られないよう、努めて落ち着いた声を出した。 「…いつ?」 「えー、いつだったかな。日付けは忘れちゃった。割と終わり頃だったと思う。慌てて取ったからギリだったって。チケット」 タクは平然として当たり前みたいに話すけど。 「何で言ってくれなかったの。そしたらチケット、多分用意できたのに」 「俺もそう思ったんだよ。瀬戸さんにも言ったんだけどさ。ちゆちゃんに頼めばいいじゃんって」 無邪気に頬を膨らませる小学五年生。 「そしたら、ちゆちゃんお仕事に集中してるんだから迷惑だろって。会いに行ったら邪魔になるから、内緒でそーっと行ってそーっと帰って来ようって。…劇の話はちょっとむずくってわかんないとこもあったけど、立山くんちょーカッコよかった。ねえ、あの劇のセット、ちゆちゃんが作ったの?」 楽しそうに活き活き喋るタクに動揺が伝わらないよう表情と声に気をつける。 「わたしは全然、下っ端だもん。勉強させてもらいに行っただけ…。でも、作ってはいないけど、舞台にセットするのは手伝わせてもらったよ。超すごかった、プロの本物の舞台」 「そっかあ、ちゆちゃんは『がくせーさん』だもんね、まだ。…でも、あんな本物の舞台手伝えるなんてすげーよね?」 モップもタクの興奮がうつったようにわふわふ、とそばで吠える。わたしは自分の気持ちを押し隠すように彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
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