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「気を遣ってくれてありがとうね。…でも、やっぱり会いたかった、向こうで。タクと瀬戸さんの顔見れたら仕事で疲れててもすごい元気になれたのに」
小学生は口を尖らせる。
「ね?やっぱそうだよね。俺も言ったんだ、瀬戸さんに。ちゆちゃんは俺たちに会いたいと思うよって。でも邪魔したら駄目の一点張りなんだよ。瀬戸さんってガンコってか、本当にアタマ固いんだよときどき…」
楽しそうに喋り続ける子どもを追い立て、五月の爽やかな風が吹き抜ける畦道を進みながら何でこんなにショックを受けるんだろ、とわたしは自分の胸に密かに問いかけていた。
「え、家庭教師?」
その晩のこと。例によってタクが散々はしゃいで遊び回った後、はたりと気絶するように眠りに落ち、わたしと瀬戸さんはどちらからともなくキッチンに赴き、コーヒーを淹れ始めた。
昼間タクから聞いたことを思い出し、 瀬戸さんに抗議しなきゃ。もしまたこんなことがあったら絶対に顔見せに来て欲しい、って頼んでおかないと、と思って口を開きかけた時、先に口を切った瀬戸さんから全く思いがけない申し出があったのだ。
「はい、タクの。あの子も五年生になりましたし、そろそろかな、と。…以前伺った気がするんですけど、小川さんは確か中高一貫の私立に行かれたんですよね?」
わたしは肩を竦めた。そう、意外に思われるかも知らんが、わたしはこう見えても中学受験経験者である。言ったろ、小学校の時はそれなりに出来たって。そして中高一貫教育の問題点は、高校受験がないので志のない者はどうしても弛むことだ。かくしてこういう現在のわたしが出来上がったのだが。
「はい、まぁ。…でも、だいぶ前だからな。細かいことは結構忘れちゃったんですが」
瀬戸さんは優しくにっこり微笑んで目を細めた。
「それでも経験者がこの近辺には殆どいませんからね。小川さんが適任だと思うんです。今までのように宿題を見てもらうだけじゃなく、週何回と時間をきっちり決めて、バイトでお願いしたいんです。勿論謝礼もお払いしますよ。この周辺ではあまりバイトの口もないでしょう?」
わたしは思わず唸った。それはこの大学に通う学生共通の悩みの種で、本当に周辺に何もないので普段アルバイトができないのは本当に困る。使うとこだってないだろ、って言ったってそれだって程度ってもんがある。
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