第15章 犬が見てる

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かくして学生たちは皆、長期休暇の折にはなるべく地元に帰ってまとめてバイトに励むのが一般的な過ごし方だ。先だっての春休みに竹田が実家に帰った主な目的も実はそれで、休み明けわたしが学校に帰ってきて顔を合わせた時には、 「臨時収入があったから、ちゆにいっぱい新しい服買ってきたぞ。まずは着てみて」 と次々着せられ(そしてその都度がばっと押し倒され)、正直うんざりしたのも記憶に新しい。もっとまともなことに大事なお金を使って欲しいもんだ。余談だが。 そういう意味で勿論バイトは有り難い話なのだが。 「最近、脳味噌錆び付いてるからなぁ…、大丈夫かな。タクはじゃあ、中学受験するんですか」 瀬戸さんはこぽこぽ、とコーヒーを注いでくれながら穏やかな表情で頷いた。 「両親の意向もありますし。本人に一応打診してみたところ、まあいいよ、という感じだったので。それに、東京に戻るにしろ、しばらくこっちで暮らしていたわけですし、元々住んでいた場所に戻るとも限らないので。地元に知り合いがいない状態ですからね、おそらく。だったらいっそ公立じゃない方が本人も馴染みやすいのかな、と」 「…東京?」 わたしは口許に近づけたカップのことも忘れ、ぽかんと問い返した。 「タクは東京に戻るんですか、中学生になったら?」 瀬戸さんは自分のカップにミルクと砂糖を入れながらこともなげに答えた。 「そうですね、この辺りは中学くらいまではまだいいんですが、高校から上になると学校の選択肢が狭まりますし。大学まで考えたらゆくゆくは東京になるんだし、だったら早めに向こうに戻った方がいいだろう、と。まあタクの両親の考えはそんな感じなんですね」 わたしはまだ熱いカップを両手で持て余しながらその言葉をじっと頭の中で転がした。 「…タクは親御さんのところへ戻るんですか」 「それも含めて考えないといけないですから。中学入学はいい機会ですし。どちらにしろ向こうに帰る準備を少しずつ始めるってことですね」 「…なるほど」 わたしは自分のカップに目線を落とした。何でだろ、またしても…、ショックだ。 研修を終えて学校に帰ってきて、また今まで通り穏やかな日常が戻ってくるとばかり思ってたのに。なんでこんなに気持ちが波立つんだろう。 ミルクも砂糖も入らない漆黒の表面からゆらりと立ち昇る湯気を所在なく吹きつつ、わたしはぼんやりと自分の心臓の音に耳を傾けていた。
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