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「そうじゃなくて……、安心して? まだ具合が悪くなったりしていないから」
「まだって……、これから体調が悪くなりそうなのか?」
「ひょっとしたらそうかもしれないけど、別に大した事では無いと思う」
「帰るぞ」
「え? ちょっと待って清人」
自分の話の途中で勢い良く立ち上がり、ナプキンをテーブルの上に放り投げた清人に真澄は目を丸くしたが、清人は足早にテーブルを回って真澄の傍にやって来た。そしてその手を取って立ち上がらせようとする。
「待たない。さあ行くぞ、真澄。具合が悪くなる前に送っていくから」
「あの、違うのよ! 本当に病気とかじゃなくて、子供ができただけなんだから!」
「え?」
清人が本気で心配しているのが分かった真澄は、焦って本題を口にした。そして咄嗟に何を言われたか理解できなかった風情の清人に、取り合えず経過を話す。
「今まで生理周期はあまりずれた事は無かったのに遅れてたから、ちょっと早いかと思ったけど一応産婦人科で検査して貰ったの。今七週目位だそうよ」
言うべきことを言ってホッとしたのも束の間、ここで真澄の頭上から予想外の怒声が降ってきた。
「馬鹿やろう! どうしてそれを早く言わない!? 病気でないなら尚更だろうがっ!!」
「……え?」
驚いて固まった真澄の前で、清人は「何を考えてるんだ、全く」などとブツブツ言いながら、テーブル上の呼び出しボタンを押した。すると十秒も経たないでドアがノックされ、ギャルソンが顔を見せる。
「お呼びでしょうか? お客様」
「すみません、これを下げて下さい。……ああ、グラスの中の物も残らず全てです」
「畏まりました。あの、何か不都合がございましたか?」
幾分硬い表情で清人がワインボトルとグラスを指し示すと、どうやら先程の清人の怒鳴り声も耳にしていたらしいギャルソンが、料理かワインに何か不備が有ったのかと恐縮気味にお伺いを立ててきた。それを察した清人は、思わず声を荒げる様な失態を演じた事にここで気がつき、幾分照れくさそうに笑いながら謝罪する。
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