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「お騒がせしてすみません。店側の落ち度ではありませんからご心配なく。ただ妻が妊娠中なのが分かりましたので、酒を飲ませる訳にはいきませんから」
「それはおめでとうございます。お喜び申し上げます」
「ありがとうございます」
男二人が明るい笑顔で言葉を交わしていると、一人座ったままの真澄がボソリと低い声で口にした。
「ワイン、とっても美味しかったのに……」
「え?」
「奥様?」
「清人に喜んで貰えると思ったのに、怒鳴られた……」
思わず二人が顔を向けた先で、清人にいきなり頭ごなしに怒鳴られるという初めての体験をした真澄は軽くショックを受け、すっかり泣き声になってそんな事を呟いてから、顔にナプキンを当ててグスグスと泣き始めた。それを見て男二人がすっかり狼狽する。
「あの、真澄、悪かった。誤解しないで欲しいんだが、嬉しくない訳じゃないんだぞ? 寧ろ嬉しかった分、つい頭に血が上って。怒鳴りつけてしまって本当に悪かった」
絨毯に片膝を付き、真澄の顔を見上げる形で清人が真摯に謝罪の言葉を口にしたが、真澄は顔から少しナプキンを外し、傷ついた表情で夫を見下ろした。
「別に、弁解してくれなくても、いい……」
「本当に俺が考え無しだった。許してくれ、真澄。どうしたら許して貰える?」
「さっきのワインでもう一度乾杯」
「駄目だ」
真澄が咄嗟に口にした言葉を、これまた清人が反射的に拒否してしまい、忽ち真澄の眼に涙が盛り上がる。つい失言を重ねてしまった事に清人は内心舌打ちし、その背後でギャルソンが口を挟めないままハラハラしながら事の成り行きを見守った。そしてこのままにしておけない清人が、呼吸を整えてから静かに口を開く。
「本当に悪かった、真澄。心から反省してる。その証に、真澄の妊娠・授乳期間が終わるまで、俺も一緒に禁酒するから許してくれ。飲んでも子供に支障がない時期になったら、絶対今日のワインより美味い物を探しておくから、一緒に飲もう」
清人が真顔でそんな事を口にした為、真澄は思わず涙を引っ込めて冷静に指摘した。
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