いつか王子様が……

人生の岐路～真澄、十二歳の夏～

　その日は何故か、夕刻から屋敷中がざわめいており、夕食を済ませて早々真澄は弟達と一緒に、二階の自室へと半ば強制的に押し込められた。
　まだ幼稚園児の玲二と、二つ下の大人しい性格の浩一は黙って部屋に引っ込んで寝てしまった様だったが、察しの良い真澄は三日前に出奔した香澄に何か関係があるのではと見当を付け、九時近くになってそろそろと階段を降り、一階の様子を窺ってみる。
　すると応接間のドアの所で、母親を含めた何人かの住み込みの使用人達が固まってその中を覗き込んでいるのを認め、不思議に思って足音を忍ばせて近寄ると、そこに近付くにつれドアの隙間から漏れ聞こえてくる身内の怒声や衝撃音等に、流石に真澄も顔を強張らせた。

「……お母様、これはどういう事？」
「ま、真澄っ!?　あなたどうしてここに！　部屋に居る筈じゃ!?」
「真澄様！」
「あのっ、これは……」
　突然背後から声を掛けられ、母親の玲子は勿論使用人達も激しく狼狽したが、真澄は冷静にドアの隙間から中の様子を確認し、事情をほぼ正確に把握した。

「あの人が、香澄叔母様の恋人なの？　どうしてここに居るの？　それにこのままだと、下手すると怪我だけでは済まないかも。早く止めさせないと」
「で、でも真澄……」
「旦那様達は、大層ご立腹の様で……」
「どうやってお止めしたら良いのか、私どもには皆目見当が……」
　良家出身で元々荒事自体目にする機会など無かったであろう母に加え、使用人も女性だけときては躊躇するのも無理の無い所ではあったが、真澄は舌打ちしたいのを懸命に堪えながら、室内を覗き込みつつ何とか穏やかな口調で再度母親に訴えた。

「そんな悠長な事を言ってる場合ですか？　早く何とかしないと」
「ど、どうすれば良いかしら」
「うわぁぁぁっ!!」
　おどおどと玲子が娘に意見を求めた時、その声をかき消す様に室内から絶叫が響き渡った。室内の一部始終を見ていた真澄は勿論、他の使用人達もあまりの事態に固まって顔色を変える。

「い、今、あの子を大旦那様が押し倒して……」
「何か、変な鈍い音が聞こえませんでした？」
「まさか骨が折れたんじゃ……」
　揃って周囲が蒼白になる中、床に膝を付いて室内を覗き込んだまま小さく震えていた真澄の中で、何かが盛大に音を立てて切れた。

「………………あんの、クソじじぃ!!」
「真澄！　待ちなさい！」