色を失う

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 左隣は、佐藤(さとう)さんという方でした。  呼び鈴を鳴らすと、のっそりと出てきたのは私より年下の、二十代後半とおぼしき男でした。 (うわっ)  心の中でそんな声が上がりました。  脱色した金髪に無精ヒゲ、ピアスを耳のみならず口や鼻にまで開け、首筋にタトゥーを入れた佐藤さんは、私の苦手なタイプの外見でした。  寝起きらしきその男は、あからさまに不機嫌な声で、『誰?』と言いました。  私は精一杯のお愛想を浮かべ、 「隣に引っ越してきた真中(まなか)です」  と、どら焼きの箱を差し出したのですが。 「こんな朝早くに来てんじゃねーよ!」  佐藤さんはそう怒鳴ると、バシッと私の手から箱を払い落とし、ドアを乱暴に閉めました。廊下中に大きな物音が響き渡ります。  ぽかん、と呆気にとられた後で、じわじわと怒りと嫌悪感がわき起こりました。 (何なんだ、あいつは)  確かに突然来たけれど、今は午前十一時だ!  憮然、そして憤然としながら、私はどら焼きの箱を拾い上げました。包装紙が破れ、箱もゆがみ、もう使い物になりません。  腹立たしくてたまりませんでした。
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