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気を取り直し、私は別の品を手に、もう一組の隣人を訪ねました。
右隣は、佑島(ゆうしま)さんという方でした。
ですが、呼び鈴を鳴らす前にドアが開き、中から一組の男女が出てきました。
「あなた、いってらっしゃい」
「いってきます」
「寂しいから早く帰ってきてね」
「もちろん」
私がいることに気づかずに、ハートマークがつきそうな甘ったるい会話の後、二人は熱烈な口づけを交わしました。まるで学生カップルですが、佑島さんは私と同年代ーー三十代半ばくらいの夫婦でした。
私に気づいた佑島さんたちが、慌てふためいて頭を下げます。
「あたしたち、新婚なんです」
「お互い初婚で、何というかその、こういうのに憧れてて……」
顔を真っ赤にし、頭を掻きながら言い訳を繰り出す佑島さんに、私は苦笑を禁じえませんでした。
四十が目前になっても結婚の予定がまるで無い私には、目の毒で耳が痛い仲睦まじさでしたが、佑島さん夫婦はとても温情深い人柄でした。
困ったことがあったらいつでもどうぞ。
せっかくお隣になれたのだし、助け合いましょう。
そう言って、優しい笑顔を向けてくれました。
佐藤さんのことで荒んでいた私の心が、じんわりと癒されました。
こうして私は、引っ越した先で良き隣人と厭な隣人の両方を得ました。
あれから三年後……。
四十路の坂を越えた私は、目を患いました。
『色を失う』病気です。
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