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対外的に夫婦となって以降のアルティナとケインの日常は、実際のところはどうあれ、それなりに平穏に過ぎていた。
「はい! 1、2、3、1、2、3、そこでターン、クイック」
急遽近日開催予定の舞踏会に、夫婦で参加する事になったアルティナは、ケインが王宮での勤務を終えて帰宅し、食事を済ませてから、毎夜二人で広間でダンスの練習に勤しんでいたが、ここで予想外の大きな壁にぶち当たった。
「っつ!」
「きゃあっ! すみません、ケイン様!」
その悲鳴に、壁際で手拍子でリズムを取りながら時折指示を出していたユーリアは、すぐに手の動きを止めて口を閉ざした。そして、何度聞いたか分からない二人のやり取りを、黙って見やる。
「これ位、大した事はないから。それより、俺の事はケインと呼んでくれ。一応、対外的には夫婦なんだし」
「は、はい。すみません、ケイン。痛かったですよね? 練習を始めた当初から、何度も踏んでいますし」
「これ位、平気だから」
一瞬顔を歪めたものの、すぐに笑顔になったケインを、ユーリアは密かにちょっとだけ見直したが、アルティナは相当気にしていたらしく、神妙な顔つきで申し訳なさそうに言い出す。
「でも……、ただでさえケインは仕事で疲れているのに、練習に付き合わせた挙げ句に、散々足を踏んでしまうなんて……」
「アルティナはこれまでダンスなんかした事は皆無だったから、仕方がないさ。寧ろ上手な方がおかしい。来週の国王陛下御生誕記念の舞踏会までにはまだ少し時間があるから、焦らずに練習しよう」
「はい。お願いします」
笑顔で宥めたケインに、アルティナは殊勝に頷いて再び手を組んだが、内心では激しく自分自身に腹を立てていた。
(くうぅぅっ! 男性パートだったらこれまで散々踊っているから、目を閉じていても踊れるのに! それがなまじ身体に染み付いているせいで、前後左右逆な女性パートを覚え直すのに、こんなに手間取るなんて!!)
そして二人の準備が整ったのを見て、再びユーリアが手拍子をしながら声をかける。
「……1、2、3、1、2」
しかし再度踊り出した二人だったが、幾らもしないうちにアルティナがケインの足に躓いてバランスを崩した。
「きゃあ!」
「っと、大丈夫か?」
しかしケインは慌てず、素早く腕を伸ばしてアルティナの身体を支えた為、無様に転倒する事は避けられた。
「ええ、ごめんなさい」
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