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「先生、ありがとうございました」
「いえいえ、また何かありましたら来て下さい」
お二人に「わたしの気持ちは~」という魔法の言葉を伝えた。文脈を自然と読める日本人は空気を透明なままにしてしまう。たまには色付けてもおかしくはない。その方が、ギスギスしたものよりもスッキリした空気になると思う。
小泉夫婦はニコニコと仲良く腕を組み、去っていく。少し離れてから真弓さんが手を振ってくれたので、僕も振った。素敵な夫婦だった。
外まで見送ってきた僕に、受付にいる彼女がため息混じりに言った。
「いいな。あんな仲が良い夫婦だとおじいちゃん、おばあちゃんになっても幸せだろうな」
「そうだといいね。いろんな困難があると思うけど、乗り越えてほしいね」
「なんですぐに悲観的なことを言うかな。この前見に行った純愛映画にもケチを付けてましたよね」
「あの二人は別れるよ。今時、互いの良い部分しか見れないカップルは破滅するだけだよ」
「うわ、カウンセラーの闇の部分だ。こわいわ」
「・・・外行ってくる」
「またですか! 結婚式の準備まで時間がありませんよ!」
洗面所に行こうとした足が止まる。
「結婚式・・・ あっ!」
「忘れていたんですか!? 親友の結婚式ですよ」
頭を抱える。そうだった、守の結婚式は今日の夜だ。その前に自宅に戻ってタキシードに着替えないといかない。ついでに新札も用意しないと。
「スピーチは考え・・・てないですね」
苦悩する僕を見て、ほくそ笑みながら、「ご愁傷さまです♪」と小躍りしながら、受付に戻った。
カレンダーには結婚式に丸印がされている。そしてまた思い出す。
「今日、休みじゃん。銀行やってないよな」
新札も、スピーチも用意していない。自己嫌悪だ。
ごそごそと片づけていた美純が一通の茶封筒を僕に渡した。
「これ、わたしの給料です。中身は新札の福沢さんなので、使ってください」
「い、いいの?」
「だって、困っているなら仕方ないですからね」
「・・・ありがとう」
「利子は来月の給料に上乗せで」
ちゃっかりした小娘だ。
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