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全て書き終えた私は、ペンを握っていた右手の力を抜いた。机の上でコロンと転がったシルバーの細いフォルムのシャープペンは、4年半もの間、私のベストパートナーだった。
そういえば、この4年半、私はどんな生活を送っていたのだろう。
明日は水曜日だ。つまり今日は火曜日で……。
ぐるりと部屋を見渡せば、シンクの中にはマグカップとグラスが一つずつ。窓際には濃紺のスーツがハンガーに掛かっている。立ち上がって脱衣所まで行くと、洗濯カゴには、さっき脱いだと思われるシャツが入っていた。玄関のパンプスは踵が揃えられて、そこにあった。
ゴミ箱を覗いても、コンビニ弁当やカップ麺ばかりの生活だったわけでは無さそうだし、ゴミ袋も溜まっていない。
多分、無意識にきちんと生活していたんだ。朝起きて食事をとり、着替えて会社に行き、帰宅して夕飯を食べ、洗濯も掃除もゴミ捨ても、ちゃんとやっていた。
ただ、きちんとした生活を送っていることを忘れるほど、物語を書くことに集中していた。
私は机の上のシャープペンを指でチョンと、つついた。それは、もう私の役目は終わったとばかりに、勢いよく机の端っこまで転がって止まった。
「ひどいなぁ。私達ベストパートナーだったじゃない」
急に心変わりした恋人が、とても遠くへ行ってしまったかのような喪失感を覚えた私は、シャープペンから目を逸らして、書き上げたばかりの物語を手にとった。
原稿用紙は高いからと、5mm方眼紙に書いていた物語は、大人の恋愛ものだ。
タイトル 『 瞳を閉じて( 仮 ) 』
「 ( 仮 ) まで書かなくてもいいのに、私って潔癖よね。あの時の私には、このタイトルは納得できなかったんだよね、きっと」
独り暮らしの部屋に自分の声がこだまする。
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