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すっかり怯え上がってわたわたと慌てふためくカワセミに、"それ"は目を丸くした。
「……おやおや、久し振りのお客さんだ」
低い声とは裏腹に、ゆっくりと優しい声色。
その声にどこか懐かしさを覚えて、カワセミはゆっくりと目を開いた。
「……サンショウウオの、おじさん?」
そこにいたのは、2mはあるかという年老いたサンショウウオだった。
「立派になったねぇ。見違えたよ、カワセミの坊や」
そう言うと、サンショウウオは目を細め微笑んだ。
「もう、坊やはやめてください!僕もう大人ですよ!」
ぱたぱたっと鮮やかな羽を動かし、ぐるりと一回転してみせると、
「おやこれは失礼、年をとるとこれだからいけないなぁ」
おどけて笑ったサンショウウオにつられて、カワセミもけらけらと笑った。
「それにしても久し振りですね。とんと姿を見なかったから、どうしちゃったんだろうって皆話してたんですよ。おばさんもお元気で?」
「それはすまなかったね、随分前にこっちに引っ越したんだ。……そうだ、よかったら家によって行かないかい?今朝とれた粋のいい魚があるんだ。妻も喜ぶ」
「いいんですか?じゃあお言葉に甘えて」
サンショウウオの家は、滝から少し離れた静かな岩蔭にあった。
「さ、ここで待っていてくれ。すぐに準備をしよう」
彼の家は一見綺麗に片付いてはいるが、よくよく見ればほとんど物が置いていない。
目の前の彼の他に、誰かがいる気配もない。
「あれ、おばさんは?どこか出かけてるんですか?」
「あぁそうだった。妻なら外にいるよ、案内しよう」
「え、でもさっきは誰も……」
サンショウウオは何も答えなかった。
けれどここに来た時には、確かに誰もいなかったはずなのだ。
かすかな違和感を覚えながらも後を着いていくと、ある場所で彼は立ち止まった。
「カワセミの坊やが来てくれたよ、ほら」
その光景にカワセミは固まった。
「え……」
そこにいたのはサンショウウオなどではない。
「改めて紹介しよう、妻だ」
目の前にあるのは鈍く光る大きくて黒い平たい石。
「でも、それって石じゃ」
「……妻は、石になったんだ」
彼はそう呟くと、愛おしそうに"妻"をそっと撫でた。
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