山椒魚の夢想

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見渡す限りの広い広い捻木の森だけれど、動物の気配はほとんど感じない。 どうしておじさんはこの森にきたのだろう。 少し経つと、青々と茂る木々の中にひっそりと淡いピンクが見えた。 「よかった、まだ咲いてた!」 少し小高い丘の上、桃のように甘い香りが立ち込める中にそれはあった。 とても大きくて立派なネムノキ。 その中でも太くしっかりとした枝の一つに、カワセミは止まった。 風にふかれてふわふわと揺れるネムノキの花に、微笑むおばさんの姿が重なる。 ―きっと、おばさんは石になんてなっていない。 じんわりと滲む涙に、目の前がぼやけていく。 ―おばさんはたぶん、もう…。 「……駄目だよ、おじさんが待ってるんだから」 ぶんぶんと頭を振って、花がたくさん付いていそうな枝を器用に折ると、急いでもと来た道を引き返した。 「おじさん、ただいま……あれ、おじさん?」 息を切らしながら言ったが返答がない。 不審に思い家の中を覗いてみると、皿の上にはなんともおいしそうな魚が乗せられている。 「うわぁ、おいしそうな魚」 花を一旦テーブルに置いて、皿に近付こうとしてはっとする。 テーブルの下の、黒い固まりが目に入ったのだ。 「おじさん!!」 甲高いその声に気付いたのか、サンショウウオはむくりと起き上がった。 「…おぉ、おかえり。大丈夫だったかい?怪我は?」 「おじさんこそ大丈夫なの?何があったの?」 「私ももう年だからね……あぁ、その花は!」 サンショウウオはテーブルにゆっくりと近付いていく。 彼の真っ黒な瞳が、淡いピンク色を写した。 「ありがとう、ありがとう……あぁ、なんとお礼を言ったらいいか」 「……っ、さぁさぁ行きましょう!おばさん待ちくたびれちゃいますよ」 ネムノキの枝をくわえ嘴の先で軽く彼を小突いてから、カワセミは先に彼女のもとへと向かった。 あのまま彼の姿を見ていたら、なんだか泣いてしまいそうだったのだ。
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