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「私は、妻に罪滅ぼしをすることにした。妻の姿をした"彼女"に。……勿論、こんなの自己満足にしかならないなんて事は最初から分かっていたさ、所詮石は石だ。……でも石だからこそ意地なんて張らず、素直になれたのかもしれないな。ずるい奴だろう?」
「……そんな事」
「最低な奴さ……見つからなくて途方に暮れて、そこでようやく気付いたんだ。約束の日は、その日はね。私の誕生日だったんだ。……それで合点がいった。でももう全て手遅れさ、大切なことほど失ってから痛いほど気付かされる」
ぽたり。
カワセミの頬を、水滴が伝っていく。
それをそっと拭って、サンショウウオは目を細めた。
「君は優しい子だね。こんな老いぼれの話に付き合わせてしまってすまない。……でもね、そんな私にも一つだけ妻に自慢出来ることがある。約束を守ったと、胸を張って言えることがね」
「やく、そく…?」
「あぁ。妻がよく言っていたんだ『私より絶対に長生きして。お疲れ様って夫を迎えてあげるのが妻の役目なんだから』ってね。待っていてくれるかどうかは分からないけれど、もし、もし待っていてくれたなら、迎えてくれたのなら、今度は目一杯妻に尽くすつもりさ」
そう言うと、彼は"彼女"に寄り添うように横たわった。その表情はまるで眠りにつくように、ひどく穏やかだった。
「おじさん……?」
サンショウウオの呼吸が、どんどん短く、浅くなっていく。
「……やれやれ、どうやら時がきたらしいな」
尻尾をゆるりと動かし、彼はこちらを見た。
静かな水面が、わずかに波打つ。
「そんな…っ、せっかくまた会えたのに」
「ありがとうカワセミくん、最期に君に会えて本当によかった。……いつかきっと、君にも大切なものが出来る。でも君は後悔なんてしちゃ駄目だ。悔いなんて残らないくらい、目一杯愛しておあげ」
彼はもう、"坊や"とは呼ばなかった。
それがちょっとだけ照れくさくて、別れを告げられているのが悲しくて、ぐちゃぐちゃに混ざった気持ちを抑えこんで、カワセミは笑った。
「……僕に、出来るかなあ」
泣き笑いのカワセミを見て、サンショウウオはにっこりと微笑んだ。
「出来るさ。……心優しき、小さな友よ」
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