第1章

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「すみません運転手さん、行き先、神楽坂に変えてもらっていいですか」  ええ、構いませんよと、バックミラー越しに微笑む運転手さんを見てほっと一息つく……暇もなく。 「なんで神楽坂?」  当然疑問に思うだろう。仕方ない、と成り行きながらも白状するしかなくなった。 「あたしのうち、神楽坂だから」 「は?」 「だから、引っ越したんだってば」 「……聞いてねぇけど」 「言ってないもん」 「……」 「だから今言ったじゃん」  気まずい雰囲気に耐えられなくて、窓の外をずっと見ていた。そして、じっと我慢すること十数分。 「お客さま、着きましたよ」  やっとこの気まずさから解放される。 瑞樹にお金をいくらか渡して、そそくさとタクシーを降りた。  思わず深いため息をつく。下を向いて歩いていると、こちらにコツコツという靴音が近づいてくる。 「百合子、ちょっと待て」 手を掴まれ、引き止められる。 「……なんで降りたの」  素っ気ない態度をとる私を気にもせず、ニヤリと口角を上げる瑞樹。何かをたくらんでいるような、そんな顔。 「お前んち、行こうと思って」 「……は?」  一難去って、また一難。私の周辺はなぜか、台風の勢力が衰えを見せることがない。
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